『おくのほそ道』 第11回 遊行柳 | 奈良の鹿たち

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『おくのほそ道』

  第11回「遊行柳

(ゆぎょうやなぎ)

 

(蘆野の里 遊行柳)

(芦野の里・遊行柳 元禄二年四月二十日)

 

<第11回「遊行柳(ゆぎょうやなぎ)」>(原文)

又、「清水流るる」の柳は、蘆野(あしの)の里にありて、田の(くろ)に残る。

此の所の郡主 戸部(こほう) (なにがし)の、「此の柳 見せばや」など、折々に の給い聞こえ給うを、何処(いづく) 

のほどにと思いしを、今日 此の柳の陰にこそ 立ち寄り(はべ)りつれ。

    田一枚 植えて立去る 柳かな

 

(現代語)

また、(西行法師の歌「道のべにしみづ流るゝ柳かげしばしとてこそ立どまりつれ」と詠まれた)柳の木は、芦野(あしの)の里にあって、田んぼの畔道に残っていた。ここの領主である戸部某が「この柳をぜひお見せしたい」と折にふれて語っていたので、ぜひ一度見たいものだと思っていたのだが、ついに今日こうして柳の下に立ち寄ることができた。

 「田一枚植えて立去る柳かな 」

 

(語句)

●「清水ながるゝの柳」:西行の歌「道のべに清水流るる柳かげしばしとてこそ立ちどまりつれ」とあるによる。

  栃木県那須町芦野にある柳。ただし、『西行一代記』などによれば、この歌はここ芦野でこの柳のために

 詠んだのでもなんでもなく、鳥羽殿の障子に描かれた柳の絵に西行が画讃を入れたのがこれだという。し

 かし、ここが 謡曲『遊行柳』の舞台 となったことで、観光地として一躍脚光を浴びるようになったという。

 「遊行 (ゆぎょう)」の原意は、僧侶がぶらぶら歩くこと、転じて布教のための行脚などをさしたが、ここでは浄

 土宗系時宗のこと。謡曲『遊行柳』では、この柳は朽ちていたが、一遍上人(遊行上人)(12391289)

 思しき僧が訪れたとき柳の精 の化身らしき老人が現れて、朽木の柳にいざない、西行の出家と奥州下

 向の話をした。僧が「南無阿弥陀仏」を10辺唱えるとこの老人は消えた。その夜、柳の根方で眠る僧の夢

 枕に柳の精が現れて、ようやく成仏できたと礼を述べる。夜が明けるとそこにはもとのように朽木の柳が立

 っているばかりであった。

●「芦野の里」:現栃木県那須町芦野、奥州街道の宿駅。

●「郡守戸部某」:芦野3000石の領主で旗本の芦野民部資俊(あしののみんぶすけとし)、俳号桃酔(とうすい)

 こと。江戸蕉門の一人。 

 

 (俳句)

  「田一枚 植えて立去る 柳かな

    西行法師が訪れた柳の下で、田一枚分田植えを終える間感慨にふけって、そして立ち去った。

 

 (写真)

  

 

 

 

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次回は 第12回「白河の関」

 

 

(担当H)

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