『おくのほそ道』 第07回 那須 | 奈良の鹿たち

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『おくのほそ道』 

第7回「那須

(なす)

 

(那須黒羽 馬を借りる)

(那須黒羽 元禄二年四月二、三日)

 

<第7回「那須(なす)」>(原文)

那須(なす)黒羽(くろばね)と云う所に 知人(しるひと)あれば、是より野越(のごえ)にかかりて 直道(すぐみち)を行かんとす。

遥かに一村(いっそん)を見かけて行くに、雨降り 日暮るる。農夫の家に一夜(いちや)を借りて、明ければまた野中(のなか)を行く。

そこに野飼(のがい)の馬あり。

草刈る(おのこ)に 嘆き寄れば、野夫(やふ)といえども さすがに情け知らぬにはあらず。

「いかがすべきや。されども此の野は縦横に分かれて、ういうい()き旅人の 道踏み(たが)えん、

あやしう(はべ)れば 此の馬のとどまる所にて馬を返したまえ」と、貸し侍りぬ。

小さき者ふたり、馬の後を(した)いて走る。

(ひと)りは小姫(こひめ)にて、名を「かさね」と云う。

聞きなれぬ名の やさしかりければ、

 かさねとは 八重撫子(やえなでしこ)の 名成るべし  曾良

(やが)て人里に至れば、(あたい)を鞍つぼに結び付けて 馬を返しぬ。

 

(「小さき者ふたり、馬の後を慕いて走る」蕪村筆「奥の細道図巻」)

 

(現代語)

那須の黒羽というところに知人がいるので、ここから野越にかかって、近道を行こうとした。遥か前方に一村を目ざして行くに、雨が降ってきて、日も暮れてきた。農夫の家に一晩泊めてもらい、朝になってまた野中を行った。

そこに馬が一頭目に入った。草刈の農夫に頼み込むと、田舎者だが情け知らずではない。「どうしたらいいのか。この野原は道があっちこっちに分かれてて、慣れない旅人は道を間違えてしまう。わしも心配だから、この馬が止まるとこでこれを返してくだし。」と言って馬を貸してくれた。

子供たちが二人、馬の後を追ってきた。一人は少女で、その名を「かさね」という。聞きなれないものの、かわいい名前なので、

 「かさねとは八重撫子の名成るべし」  (曾良)

まもなく人里に着いたので、謝礼を鞍壺に結んで馬を返した。

 

(語句)

●「黒ばね(羽)」:黒羽では芭蕉一行は長逗留をした城下町。栃木県大田原市(旧那須郡黒羽

 町)。

●「知人」:後出の館代秋鴉(しゅうあ)とその弟の翠桃のこと。

●「是より野越にかゝりて」:この「野」が那須野である。那須野は、「道多きなすの御狩の矢

 さけびにのがれぬ鹿のこゑぞ聞ゆる」(藤原信実)などの歌枕として有名だった。

●「農夫の家に一夜をかりて」:『曽良旅日記』によれば、泊まろうとした宿が汚かったので、

 栃木県塩谷町の名主の家に無理やり泊まった。

●「野飼の馬」:野で飼っている馬ではなく、畑につれてきてそこにつないである農耕馬のこ

 と。

●「草刈おのこになげきよれば」:道案内を草刈中の農夫に嘆願したの意。

●「野夫」:田舎者の意。後世「ヤボ」はこれが語源という。

●「うゐうゐ敷旅人の道ふみたがえん」:このあたりの地理に不案内な旅人では道に迷うことで

 あろう、の意。

●「独は小姫にて」:曾良本では「小娘」となっている。

●「あたひを鞍つぼに結付て馬を返しぬ。」:いくらかの謝金を馬の乗鞍に結び付けて馬を返し

 たのだが、馬は自分の家に帰る習性があるので無事に帰ったことだろう。

 

 (俳句)

 「かさねとは 八重撫子の 名成るべし」 (曾良)

   田舎にしては優雅な「かさね」という名は、いとおしい女の子なれば「八重なでしこ」と

   いったところだろう。

 

 

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次回は 第8回「黒羽」

 

 

(担当H)

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