『北前船』
第4回
北前船の積み荷
北前船の積み荷は、蝦夷から上方(関西)へは、コンブ・ニシン・サケ・イリコ(ナマコ)・アワビ・ラッコや熊の毛皮などで「上り荷」といわれました。
上方(関西)から蝦夷へは米・塩・古着・藁(わら)・酒・酢・タバコ・陶器・箪笥・蝋燭(ろうそく)・化粧品などの身の回り小物などで「下り荷」といわれました。
どちらも先方には全くない物で、30~40倍もの価格がつきました。
蝦夷では稲作は行われていないので、「上り荷」のコンブ・ニシンなどを入れるワラ、ムシロ、俵も北前船から購入しなければならなかったのです。
儲けは蝦夷の商品を上方で売る「上り荷」の方が、「下り荷」よりも10倍以上の大きいものがありました。まさに北前船船主の言い値で売れました。当然ながら、早く着いた荷物ほど高値が付きました。
また上方、蝦夷だけではなく、途中途中の港町で価格差をにらんで売買もしていました。
特徴的なものとして、鞆の浦で酢、出雲で瓦、福井で笏谷石を、富山や新潟で鍋釜などの鉄製品を積み込み、帰りは東北や北陸の米を大坂で売るために積み込み、北陸で昆布や鰊粕を瀬戸内では鰊粕を売って帰りました。
また、北前船は北海道開拓にも貢献しました。明治時代には内地からの移民で、人口が30万人から100万人に増えました。この人口を養っていく生活物資も北前船が担っていました。
●下り荷(上方⇒蝦夷)
(大坂から)酒・そうめん・油(菜種油、胡麻油)・木綿・古着・足袋・タバコ・家庭用品
(陶器・箪笥・化粧品など)・書画骨董品
(瀬戸内から)塩・砂糖・酢・紙・竹・蝋(ろう)・味噌・醤油
(山陰から)鉄・米・金物・瓦
(若狭・敦賀から)藁(わら)製品(縄・筵(むしろ)・俵)
(北陸から)米・茣蓙(ござ)・畳表・瓦・釜・笏谷石(しゃくたにいし)
(東北から)米・材木
<仏壇・ひな人形・書画骨董品・着物・布団・箪笥>
<笏谷石(しゃくたにいし)(福井):船のバラストとして運び、蝦夷では墓石、敷石、壁石として重宝がられた>
●上り荷(蝦夷⇒上方)
<身欠鰊(みがきにしん)・鰊の〆粕(しめかす)・数の子・昆布・鮭・鱈(たら)・海鼠(なまこ)・鮑(あわび)>
<熊・ラッコ・テンの毛皮>
●北前船の恩恵
<野辺地>
裂織(さきおり):大坂から運んできた古着を裂いて織り直した着物 暖かく着心地がいい。
<山形>
紅花:「紅一升 金一升(べにいっしょう きんいっしょう)」といわれるほど高値で取引されていた。 紅花は酒田から北前船で京へ運ばれ染料・口紅となり京文化を支えました。
<富山,石川,福井>
昆布・鰊・鮭の食材 富山市は昆布消費額日本一、永平寺御用達昆布。
富山の昆布消費額は日本一だ。
<鳥取県西部>
伯州綿(はくしゅうめん):砂地で綿の栽培に適している。鰊〆粕肥料で生産が増える。北前船で肥料を移入し、製品を移出していた。
<京都>
にしんそば:北海道の江差町で生まれた 身欠きにしんとそばの相性。
いもぼう:北海道産の棒鱈と京都産(元は鹿児島)の海老芋を炊き合わせた料理。
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次回は 第5回「北前船と鰊」
(担当 H)
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