二日間で4種の茶会を催行
共通テーマ 邯鄲 共通なのはこの茶会そのものが人生で一瞬の楽しい出来事を願って
その内の一つ 万葉集を趣味の会が正倉院展に来られ、ついでに茶会ありませんか?
いくら茶の日本ルーツ奈良でも平日に毎日はない
茶会は造れる、じゃを茶会してあげるか スタッフ兼連客を募集で成立
茶筌の里の茶室(小間1席濃茶付き花月+8畳で下鴨茶寮の点心にて 女性・男性各4名の
合コン茶会を開催できました それから10年クラス会のごとく集まりました。
じゃぁチャンスと過去の借りのお返し茶会を追加して強欲にも4種の茶会となりました。
点心は行列の店の釜めし 車渋滞負けない行列2重に列が出来ています
桜祭り幟と露地門前愛車
当初搬入時間が13時からが終了後まで延期そのため初日スタートは色々発生
茶会の日は申し訳ないですが非公開です
奈良博一番のビューポイントですが 桜の季節は他が良い
八重桜が梅園のようですね
枝垂れ櫻の大部分が散って芝生に白いカバーを着せたよう
以降はは4グループの茶会の標準形で茶会流れにしました
待合は 本日のサブ・テーマ 花契遐年 源師俊朝臣歌 花契遐年といへりけるを読める
筆:正三位公雄郷
花契遐年といへりける事をよめる
源師俊朝臣(1080~1142)
萬代とさしてもいはじ さくらはな かざさむ 春のかぎりなければ
花は匂い椿と藤 花器は尊式花瓶
サブテーマの一つは再会にて愛でたい
香合は型物香合 東の大関交趾大亀写し 茶杓の銘が靏のはし
室町時代イソップ寓話 紙釜敷 白 若草色 奥村 吉兵衛 兎は後程となります
待合棟床は3か所に軸掛けがありますが固定で2軸しか無理です過去はピンを使って止めたことを忘却 いつも用意している小物入れも忘れた 1日目 は無です
2日目は床に置いた方がデザインが良いと 実際は床の上
右:61 伊勢大輔 いにしへ乃ならの 都の八重桜 けふこゝのえに にほひぬる哉
筆:岡崎中務大輔國廣朝臣
右:34 藤原興風 たれをかもしる 人にせむ高さこ乃 まつもむかしの 友ならなくに
筆:七条中将信方朝臣
莨盆は国宝待庵古材 田楽型 ↑百人一首屏風からまくり筆が解っていることが大事
火入れは黄交趾 永楽和全造 花契関連 迎い付けは桜茶 汲出しは 粉吹風梅紋 水月釜 小山富士夫氏の栞に荒川豊蔵しの息子さん・他に織部模様(変わった?作土紋)の真葛香西作
先ずは点心スタート 半月盆:田能村竹絵(八十三翁直入)に
黒能登小吸い物碗まり麩と三つ葉 蓋裏は三日月に不如帰 志津香の釜めし 奈良5種入
本日の主菓子 桜彩に東大寺二月堂 粥食器
主菓子は桜彩ご製 手貝門前の萬林道 菓子器は 仿古東大寺二月堂修二会 粥食器 二重にて
菓子の後は腰掛待合にて 写真タイム
↑八窓庵竹樋 銅鑼の音にて 土橋を渡り 蹲へ
蹲は必須です 日本では飲める水で手洗い。古来からの最高の除菌法 申し訳なく 一グループは柄杓を置いていませんでした。 どうする!どうする? 気が付いて、柄杓を持ち出した時
筧流水で両手を洗い出した これはいい方法 今後柄杓無の蹲も 作法知らずを呼ぶときは有
すっかり乾いてしまった躙り口
本席の床 軸は素性法師歌 見渡せば柳桜をこきまぜて
都ぞ春の錦なりける
花入れは 竹鷽切 鷽も本当にしてくれる 災いを福に変えてくれるなど重宝です
本当は花生:箱書きは武者小路千家13代有隣斎直書花押共箱 (播州姫路出身の為)
本紙拡大 表具が好き中回りは西王母紋と霊芝雲紋 一文字は花兎(自己満足)
香合は邯鄲 本日のメインテーマです
能 邯鄲の夢 今日の茶会を人生で一瞬の夢と楽しんでほしい
赤膚伝統窯最後 作:古瀬堯三 花と契って 長く続くように・・・
濃茶席スタート 各服点 自服 亭主・連客 同時に練り総礼で自服 で一座建立です
お点前スタート 釜は裏千家 約束事スキ木釜 又隠 (意味深)
茶碗は14代坂倉新兵衛 数茶碗と言えどもすべて色大きさが異なります青萩もあります
主客同時に練って総礼で一斉にすうのが目的だったけど…茶は青雲 詰め一保堂(思い出品)
水指はほぼ見えませんが茶室にふさわしい 織部デザイン 松 のようです 知らんけど
薄茶 銘千代の昔 詰め今西茶舗 薄茶は10年前に集まっておなじみ の 花月風回り点
ここで色紙一枚入れる予定が(過去は玄関か待合)場所無の為残念・・・尾上・
高砂の松 尾上の松は 夫婦和合 結婚式の定番でしたが現代は・・・
2日目 午前のお客様は表流の為 釜を釣釜に取換 尾上釜です 尾上の松に鶴くれば・・
釜反対側は高砂 茶杓名は靏のはし少庵共筒 銘入り共筒は超貴重品
ここでもう一つ百人一首から(73番)権中納言匡房歌↓高砂の尾上の ・・・
確かに直訳は一般名詞ですが平たい歌。歌人の職業は天皇に仕えて記録荘園券契所の寄人 ,受領 (ずりよう) ,院庁別当などを歴任 荘園に行ったことが無いわけがないそこでの秘めたる心が入っているから良い歌なのです 下枠内クリックで 筆:廣橋少納言在兼朝臣の色紙が出ます
[ 貞享4年5月22日(1687年7月1日) 〜 寛延3年8月21日(1750年9月21日) ]
食事中見上げると 八重桜が今は盛んと
残念ながら奈良の八重桜はまだ開きませんでした ↓しかし美しい色は想像できます
お昼は各グループ持参でぜいたくな野点傘:桜のパラソルで お凌ぎを
まるでピクニック風景ですが 茶会の一部 お凌ぎです
午後のお客様は年齢が開きすぎで駅弁の予定が 結局ご自分で釜めしを予約されました
我々の真上も八重桜のパラソル お客様が用意してくださった 水屋用おにぎり弁当を
元気でいたら来年も可能だと思いますが やはり邯鄲のゆめと終わるのでしょうか
終わってほしくないので鷽切花入れを使用でした