プラユキ・ナラテボー師

 

 

個人面談の感想を書きたいと思います。

前回のブログで面談を受ける際に、予め質問内容を整理してまとめておいたこと、

そして自分なりの答えをもって面談に入ったことは大正解でした。

プラユキ師にも送っておいて、内容に沿って順番に質問していきました。

 

結果として課題はオールクリアしました٩( 'ω' و)

スッキリヽ(*´v`*)ノ

 

目次
①その他
②自我の確立について
③離欲
④心とは何か?
⑤瞑想難民と快への執着
⑥無我
⑦怠け

⑧瞑想

 

①その他

自分を卑下することで、落ち着く時があります。

多分悲劇のヒロインになろうとしているのでしょう。

どういう心理でしょうか?

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悲劇のヒロインになることで、そこから「快楽」を得ようとしていた。

 

自分には脳の活性化が必要です。音楽は効果覿面ですが、瞑想でも出来ますか?

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もちろんできます。

 

時々死が怖いです。​何をすればいいですか?​​​​​​

     ↓↓↓

恐怖を転換して、スティーブ・ジョブズのように「今日が人生最後だとしたら…」と問いかけてみたらいい。

又、死が怖いというのは、「今ここ」にいないんです。ですから「今ここ」を生きましょう。

 

反社会的思想から社会への適応

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反社会的とは言わば勝義諦である。

世俗諦が社会への適応となる。

 

 

②自我の確立について

自我の確立とは何か?

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自らを拠り所にして、自分の意見、価値観、考え方をしっかり持つ、他人に影響されないということ。

 

瞑想時に強烈な怒りが発生した時に対処できずに、自分を破壊することがあるかと思います。

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怒りが出た時の対処法は「念定慧」対応です。

すなわち怒りの奥にある願いや期待が叶わなかったことを理解する。「念・定・慧」で対応すること。

   怒り←  「念」気づき

   |      ↓

落胆、悲しみ←「定」受容れ・許し

切ない

   |      ↓

願い、期待← 「慧」理解

 

薬は瞑想にとって害ですか?

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向精神薬はあまり好ましくない。可能であればなるべく減らそう。

 

 

③離欲

性欲を転嫁させるコツ

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性欲にハマり込まないこと。

 

禁欲や忍耐と瞑想の関係を知りたいです。

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禁欲は瞑想にメリットがある。

すなわち戒の守りがある。サマタ的な。

 

承認欲は苦であることは解るけど、どうして消えないのか?

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ハマり込むことが苦である。承認欲自体、人に認められることは必要である。

 

 

④心とは何か?

身体と心は切り離せますか?

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身体は疲れても、心まで疲れなくていい。

すなわち身体と心は切り離せる。

 

思考と心は別のものですか?

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思考、心の定義次第では別のものだ。

 

心は自分のものですか?

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身体も、思考も、心も自分のものではない。

 

 

⑤瞑想難民と快への執着

瞑想をして心が静まるのはいいことだけど、問題はそれにハマり込むこと。すると「静かでない心の状態」に極度に不快感を感じるようになる。

さらには外部のちょっとした音に対して過敏になり、神経質になって「私を不快にさせる!」と嫌悪感が生じ、攻撃的になったりしたら瞑想難民だ。気をつけよう。

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ハマり込むこととは、静けさという快楽におぼれている状態である。

 

※実は自分も同じような瞑想難民の経験があるけれど、ゆっくり快復してきている。

 

※快楽には注意している。依存性もあるし。

承認欲求もつまるところ快楽なんです。

だからハマり込みに危険。

この身の危険を感じている限りは大丈夫。

 

※中道

ブッダは、私たちが「欲におぼれる道」と「苦行をおこなう道」という二つの両極端な道のどちらを歩むことも、よしとしていませんでした。そうではなく、ブッダは私たちに「ただ快楽に気づきなさい」と説いたのです…『手放す生き方』-アチャーン・チャー

 

「ただ快楽に気づきなさい」とは

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十二因縁の「受」(快・不快・中性)に気づきなさいということです。

 

中性=中道?

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中性=中道ではない。

「受」には(快)(不快)(中性)の3種類がある。

 

中性とはどんな感覚か?

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例えば壁を見た時の何も感じない感覚が中性である。

 

依存症は瞑想で克服できるか?

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結局、依存症というのは、瞑想で養える5力すなわち

①信(信頼)

②精進(努力)

③念(覚醒=マインドフルネス)気づき

④定(受容・集中)受容れ・許し

⑤慧(洞察・方便)理解

によって対処・克服が可能だ。

 

 

⑥無我

ただ感覚がある。ただ感情がある。ただ思考がある。ただ心がある。

みな誰のものでもない。

このように捉えて瞑想してもいいのでしょうか?

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それでいいが「現象」として観るのだ。

例えば痛みだったら誰のものでもなく、ただ「痛みがあるんだ」と観察する。

 

 

⑦怠け

苦があれば瞑想をし、苦がなければ瞑想を怠ける。

誰しも似たような経験があると思うのですが、自分は本気なのか?

いつも瞑想に取り組んでいる人がいる。

自分と何が違うのか?

人はみんな違うので比べることはナンセンスだと思うのですが、自分が情けないと思ってしまうこともあります。

怠けは思考なので、今ここに立ち返れば思考は消えると思いますが。

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怠けという「思考に囚われてしまっている」から囚われないこと。

 

 

⑧瞑想

手動瞑想でサマーディはありえますか?

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勿論ある。5cがサマーディの状態を表している。参考※1

※1

【瞑想が進んでいるかどうかの指標】

①、自他の抜苦与楽が実現されていく

②、C調状態(5C)が生じてくる

1. Clean クリーンな清浄感。スッキリ清涼感

2. Calm 心の安らぎ、静けさ

3. Clear 明晰性、判断力

4. Contentment 満足/充足感、生き生き感

5. Compassion 慈悲、共感、思いやり

 

※瞑想に楽になることも、サマーディも求めず

瞑想に何も求めずにやったら良い。

サマーディは起こる時には起こる。そういうものである。

 

※自分にも経験があった。まさに5cである。

 

 

以上、今回の面談レポートでした。

限られた時間の中で事前準備をしっかりしておいたからこそ、今回のようにスムーズに個人面談ができました。

プラユキ師、本当にありがとうございました。合掌

 

 

生きとし生けるものが幸せでありますように