①その他
②自我の確立について
③離欲
④心とは何か?
⑤瞑想難民と快への執着
⑥無我
⑦怠け
2022/01/03 プラユキ師個人面談 相談・質問内容
メモまとめ
①その他
自分を卑下することで、落ち着く時があります。
多分悲劇のヒロインになろうとしているのでしょう。
どういう心理でしょうか?
自分には脳の活性化が必要です。音楽は効果覿面ですが、瞑想でも出来ますか?
時々死が怖いです。
本を読むことが困難、まとまらず理解できず。
ヒッピー精神、反社会的思想から社会への適応
②自我の確立について
自分の意見、価値観、考え方をしっかり持つ、他人に影響されないということが近いとの事でしたが、
自我の確立とは何かについて、詳しく教えてくださいませんか?
恐らく自我の確立が十分に為されていないと(知識も必要だが)、瞑想時に強烈な怒りが発生した時に対処できずに、自分を破壊することがあるかと思います。
自分はそれで心身を壊して5年ほど仏道から離れ、引きこもっていました。
今もまだ少しだけ瞑想時にオープンハートになることに恐れを感じます。
やっと瞑想が出来るようになってきた。
11年かかった。
ちょっと抗うつ薬の影響で瞑想してると気分が高揚してきますが、今ここオープンハートであるがままに観察できた。
苦と無常を感じられた。
落ち着きを取り戻した。
③離欲
欲は満たしても満たしても底なし沼のように渇く。
そんな欲に疲れ嫌気が差すほどの苦しみ。
欲の暴走。
淫らな心が台無しにしてくれました。
これも経験
離欲への道のり。
転嫁のこつ
禁欲や忍耐と瞑想の関係を知りたいです。
あと承認欲は苦であることは解るけど、どうして消えないのか?
これもプラユキ師に聞いておきたい。
④心とは何か?
身体は疲れても、心まで疲れなくていい。
身体と心は切り離せると思います。(途中で失敗したのでやり直します)
そして思考と心は別のものだと思います。
身体も思考も自分のものではありません。
多分こんな感じ。
瞑想で確かめていきますが正解は?
⑤瞑想難民と快への執着
瞑想をして心が静まるのはいいことだけど、問題はそれにハマり込むこと。すると「静かでない心の状態」に極度に不快感を感じるようになる。
さらには外部のちょっとした音に対して過敏になり、神経質になって「私を不快にさせる!」と嫌悪感が生じ、攻撃的になったりしたら瞑想難民だ。気をつけよう。
瞑想に対する探求心が出てきた。
でも知りたい欲が快楽に変わらないか?
快楽には注意している。依存性もあるし。
承認欲求もつまるところ快楽なんですよね。
だから危険。
この身の危険を感じている限りは大丈夫なんです。
アチャーン・チャーの言葉より
中道
ブッダは、私たちが「欲におぼれる道」と「苦行をおこなう道」という二つの両極端な道のどちらを歩むことも、よしとしていませんでした。そうではなく、ブッダは私たちに「ただ快楽に気づきなさい」と説いたのです…『[増補版]手放す生き方』
タバコ辞めたら、
不快にいくので、
めっちゃ食欲湧いてきます。
食を貪ることで快を得ようと体が要求します。
この受(快・不快・中性)に気づきなさい
とブッダは説いたのです。
中性=中道?
中性とは?
結局、依存症というのは、瞑想で養える5力すなわち
①信(信頼)
②精進(努力)
③念(覚醒=マインドフルネス)気づき
④定(受容・集中)受容れ・許し
⑤慧(洞察・方便)理解
によって対処・克服が可能だと思います。(プラユキ師流?)
⑥無我
ただ感覚がある。ただ感情がある。ただ思考がある。
みな誰のものでもない。
このように捉えて瞑想してもいいのでしょうか?
⑦怠け
苦があれば瞑想をし、苦がなければ瞑想を怠ける。
誰しも似たような経験があると思うのですが、自分は本気なのか?
いつも瞑想に取り組んでいる人がいる。
自分と何が違うのか?
人はみんな違うので比べることはナンセンスだと思うのですが、自分が情けないと思ってしまうこともあります。
怠けは思考なので、今ここに立ち返れば思考は消えると思いますが。
⑧瞑想
手動瞑想でサマーディはありえますか?
サマーディは必要ですか?
【瞑想が進んでいるかどうかの指標】
①、自他の抜苦与楽が実現されていく
②、C調状態(5C)が生じてくる
1. Clean クリーンな清浄感。スッキリ清涼感
2. Calm 心の安らぎ、静けさ
3. Clear 明晰性、判断力
4. Contentment 満足/充足感、生き生き感
5. Compassion 慈悲、共感、思いやり
以上