売れてもなんとなく満足できない3連勤。
中日は下血しながらだったので、帰宅後は赤く染まったズボンを洗濯。出血量が少なめだったからズボンの外側は赤くならずに済んだのが救いだった。
そんなこともあり、多少休んでおきたい気持ちも生まれてきたので、消化しきれない有給休暇を少しでも使うために、シフト変更をしてもらい2日休みを追加したので、販売員としてこの売場に立つのは、あと7日となった。
なんだかんだと4年も通った場所だ。多少、寂しくはあるけれど、それよりも無事に終えられるように、大人しく過ごすだけだ。
それよりも休みの日に組んでいる予定を楽しむことばかり考えている。
そして今日という日が楽しみ過ぎて、昨夜はあまり寝られずYouTubeで映画を観て朝を待った。

哀しい気分でジョーク
夜の東京の街。その中のラジオスタジオでは、五十嵐洋と悠子がパーソナリティを務めるラジオが生放送されている。
そのビルの中、五十嵐健はヘッドホンでクラシックを聴きながら、携帯オセロゲームで時間を潰していた。
バツイチで子持ちの洋と若い悠子が交際しているとスタッフには噂されていた。
健は一人、夜の街を歩いていた。

ラジオ放送を終えた洋をマネージャーの善平が車で迎えに来るが、洋は酒を飲みに行くから車はいらないと断る。
「明日どうします?健ちゃんの学校のPTA」
「お前が行けばいいだろ、お前のほうが顔だろ、学校で」
「明日、親子コーラスの日ですよ。親じゃなきゃだめなんですよ」
洋は無視して悠子とディスコへ飲みに行ってしまう。
そのディスコでは、代理店の社長の紹介でクラブのママを紹介され、悠子との約束を破棄して付き合いのためにそっちへ行ってしまう洋は、売れっ子のお笑いタレントだ。
ディスコに残された悠子は寂しそうな、悔しそうな表情になる。
一方、自宅で一人の健は、レコードでクラシック音楽を流しながら指揮者の真似事をしていたが、腕が棚のカセットテープに当たり、その奥に隠してあった親子3人の家族写真を寂しそうに見ていた。
その深夜、洋は泥酔状態で悠子の部屋に転がり込んでいた。
「関係ないのに関係あると思われてさ、こんな面倒な関係やだ」
と言いながら、悠子は洋がソファで寝るのを許すのだった。

洋が朝帰りすると、健はゴミ出しを慣れた手つきで行い、朝食も自分で作り、洋のためにコーヒーを淹れた。
「今日、あれだろ、PTAの親子コーラス」と洋が問いかけると健は即座に「いいよ来なくて」と言って、学校へ出かけようとした健は、クラクラとしてしまう。
「めまい。この頃時々するんだ」
「夜遊びするからだよ」

「パパとは違うよ」
健はそのまま学校へ向かった。
その日、父兄参観日にスーツで訪れた洋。
その日は親子コーラスもあり、健は指揮を行う。
「歌えないだろ、だから来なくていいって言ったのに」
「善平が行けってうるさいからだよ。簡単だよ、こんなの」
しかし洋は歌い出しのタイミングも、リズムもまったく合わせられなかった。
合唱曲は【グリーングリーン】。
あまりにも合わせられないので洋はそっと教室を出てしまう。
教室の外で待機していた善平に責められるが「親子コーラスなんて蕁麻疹出ちゃうよ」と突っぱねた洋はトイレでそっと練習するのだった。

テレビ局で番組の収録を行っていた洋のもとへ善平がやってきて、健のめまいのことを報告した。学校でもめまいを起こした健は、保健医の勧めで病院での診察に行っていたが、その医者から親を呼ぶように言われたというのだ。
そして訪れた病院。
「脳幹部脳腫瘍。これがめまいの原因ですね」
それが医者の診断だった。医者の話によれば、手術は困難だという。
他の医者への紹介状を渡された洋は、コント番組の収録に戻っても気が立っており、カットがかかってもケーキを様々な人にぶつけていた。
そこに呼ばれた事務所の社長六助。
「あのな、医者探してくれよ、世界一うまいの。で、金いるからよ、100万くれ。それから仕事だけどな、地方は行かないからな。あと夜遅いのはだめだぞ」
そうまくしたてる洋だったが、ギャラはすでに半年分前借りしている状況だった。
「脳腫瘍だって。ほっとくと死ぬんだって。手術、難しいんだって」
「うそだよそんなの」
善平と六助は、別の医者の診断を受けようと提案した。
「健に絶対知られちゃいけないから、誰にも言うなよ」
落ち込む洋に善平と六助は「難しいったって、やれる医者はきっといますよ」と励まし、その言葉に「いるな」と少し希望を持った洋だった。

それからいくつもの病院で健の検査を重ねさせる洋。
ある医者ではX線画像を「よく撮れている」と言われ「見合い写真じゃないんですよ」と怒る洋がいた。
しかしその医者は「診断書の通りだよ。このまま進めば近い将来ね」と言い放つ。
「治して欲しいんですけどね」
「私にはできない。場所が悪すぎる。成功の見通しのない手術は私にはできない」
「じゃどうすればいいんですか?」
「残された時間を、いかに充実させてやれるか・・・」

「先生、息子は10歳ですよ。10歳の息子に、お前は死ぬからあとは充実して生きろなんて親の私が言えますか」
「当たり前だ。親のあなたは黙って耐えて、最後まで希望を失わず、充実した生活を」
他の医者を当たると出て行った洋だったが、絶望感に包まれていた。
その帰りの車中、健に検査のことを聞かれた洋は「なんでもないって」と答えながら夜ふかしや塩分の濃いのはだめだと健に言った。
そんな洋と善平の様子を不審がる健。

洋はミュージック番組で新曲を披露していた。
その収録が終わっても洋と善平の会話は健の医者のことだった。
「仕事減らせよ、親子の会話ができないじゃないか」
そんなところへ押しかけた悠子に、買い物に付き合せ、健のためにレーザーディスクデッキなどを買って帰宅した。
「突然だもん、変だなぁ」
そう言う健も、それに応える洋も悠子を通じて話すような状態。
誤魔化すように夕食を作ると言い出した洋だったが、材料がなく、健が作っていたカレーを食べることになるが、その鍋を見た洋は「塩分がなぁ、これ」と心配になるのだった。

朝。善平が洋の家を訪れると洋が朝食を作っていたが、失敗のうえに散らかし放題だった。そこへ起きてきた健が、善平と朝食を作ることになるが、あまりにも仲良くスムーズに作業を始めた善平に「てめえ、二人で仲良くすんなよ。親子の交流妨げんのか」とやっかんでしまう洋。
そこで善平の役割を洋に代わるという提案をするが、健は「なんかおかしいんだよなぁ、昨日も今日も」と不思議がるのだった。

その日、番組のロケ収録を行っていた洋のもとへ六助がやってきて「手術してくれる病院、見つかったんだよ」と告げた。
早速その病院を訪れた洋だったが、手術の部位が難しいにも関わらず「やってみましょう」を繰り返す医者に不信感を覚えていた。
そして誓約書類に署名捺印を求められた洋。
「健の場合、成功しなかったら死ぬんでしょ?」
放置すれば100%死んでしまう健を手術するということ。その万一の可能性に賭けようという医者の言葉に腹を立てた洋は、検査途中の健を連れて出て行ってしまう。
そして夜の街で二人で話す洋と健。
「なんか変なんだよな」
訝しがる健は、自分と一緒にいたがる洋の行動を指摘した。
「パパだってお前、たまには父親らしいことをしようと思ってな」
そう言って健の肩を抱いて、して欲しいことを訊ねた洋。
「じゃぁさ、今夜は一人にさせてくんないかな。窮屈なんだよ、一人に慣れてんだろ。だから肩凝っちゃうんだ」
と言って、健は夜の街に消えていってしまう。
そこへ車を駐車し終えた善平がやってきて、健の不在を訊ねた。
「俺といると窮屈だって。どうしたらいいんだよ、どうしてやればいいんだよ。病気は治してやれないし、優しくしてやろうと思ったってできないし」
寂しく肩を落とす洋に、何も言葉をかけられない善平。

ナイトクラブでは芸人の村木が、仕事を減らして真面目になった洋を嘲笑っていたが、そこには洋と待ち合わせをしている悠子がいた。

「どう?父親業は?」
「やっぱり主婦とか母親とかいるのかな」
そう答えた洋に「わたし、なったげようか」と言う悠子。
それをはぐらかす洋だったが、悠子は何かを決意していた。

翌日。公園で道具番をしている健を見かけた洋は、野球の仲間に加えさせるために“タレント”という力で子どもたちを説得して、健に野球をさせた。
そして帰宅した洋は、善平から悠子が主婦になると言って押しかけてきたことを告げた。
二三日で飽きるだろうとタカをくくっていた洋だったが、悠子の押しかけ主婦はひと月に及んだ。
「健ちゃん不思議がってた。なんで親父、近頃親父っぽくするんだろうって」
そう言う悠子も不思議に思っていた。
悠子はタレントとしての自分は偽物で、タレントとしての才能がないと思っていた。
しかし家事をしている時は落ち着くのだという。
そんな自分を主婦として売り込む悠子に「感謝してるよ」と言いながらはぐらかす洋。
そこへ善平がやってきて六助が昼食を一緒にしたいと言っていると告げた。
洋の銀行口座の預金は尽きていた。
そしてホテルへやってきた洋。同席していた健との写真を悠子が撮っているさなか、六助が夏休みの話題に触れると「夏はな、海外旅行だ」と言う洋。
健と悠子に席を外させた六助は、外国ででも医者を探したいから金がいるという洋に、渡せる金がないと言った。
そのうえで六助は、ステージの興行権を売る話と“チビッコ大集合”という2時間番組の司会の話を持ち出した。
興行権を売るのは“芸が荒れる”と言って渋ったが、“チビッコ大集合”は合唱コンクールの番組であることや、健のグループも出演できるということで渋々ながら洋は受けた。これが成功すれば前借りの足がかりになる。

“チビッコ大集合”の現場は進行の段取りが悪く、収録時間はかなりおしていた。
仕事の内容などにも不満を持っていた洋は、散々愚痴をこぼしていたが、待ち時間が伸びてめまいを起こした健が、ぐったりし始めていたため悠子が出番を変えられないかと楽屋にやってきた。
「一週間くらい前にもめまい起こしてるんだよね、学校行くとき」
そして健の学校の出番が早められた。
そして健の指揮のもと【グリーングリーン】の合唱が始まった。
「これさぁ、父と子の唄なんだね」と悠子は呟いていた。
親子コーラスに参加した洋だったが、健を見ていられず俯いてしまう。
そして合唱が終わった時、健はめまいで倒れてしまう。
慌てて健を介抱する洋が抜けたことで収録はストップしてしまうのだった。
「洋さん、困りますよ急に抜けられたら」とスタッフがやってくると「子どもが病気なんだよ」とイラつく洋。
健は悠子に連れられてタクシーで病院に向かうが、洋はイラついたまま仕事に戻り、そこへ出番を変えられた学校参加者の父兄が文句を言いにきたため、喧嘩になってしまい、その様子をスポンサーにも見られてしまうのだった。

収録を終えた洋が病院に駆けつけると、善平から悠子が健の病気を知ってしまったと知らされた。
健の病状は急激な変化はないものの、少しづつ、進行していた。
「好きなことをさせてあげるんだね。もうじき夏休みだから」
医者からの言葉に頭を下げる洋。
そして洋とともに自宅へ戻って夕食の準備を始めた健、悠子、善平。
そこへやってきた六助が、スポンサーからの今後のCM契約や番組出演の件がなくなってしまったことを告げた。
自室で六助と二人で話す洋は、スポンサーへ謝るなどと言うがそれでは自体が解決しないのは明白だった。
「一つだけあるな、方法が。健坊のこと、記者会見やって病気のことぶちまけて泣くんだよ」
六助は、それで同情を集めて人気を取り戻し、医者の紹介も増えると洋を説得しようと試みるが「帰れ」と突き放される。
「死ぬかもしれない子ども利用して、そんなことができるかよ!」
六助を怒鳴り散らしながら追い出した洋に、悠子が外へ行こうと誘った。

カフェバーで語り合う洋と悠子。
「バカみたいだったよね、わたし。よき家庭ごっこだなんてはしゃいじゃってさ」
「ごめんな。言えなくてな、このこと」
全ての事情を知ったうえで悠子が、洋への想いを伝えると、洋は静かに答えた。
「俺、ゆっこ好きだよ。でも、歳は離れてるし、ゆっこは真面目で、俺は不真面目だしな。世界が全然違うと思ってたから」
悠子は寂しそうな表情を浮かべ、店のレコードを替えて「踊ってよ」と誘った。
そしてチークダンスを踊りながら、洋は呟くように言うのだった。
「テレビとか、ステージとか、遊んでる時ってワーっとノルだろ?まぁノラなきゃできないけど。つまりこう、不真面目をさ、一生懸命真面目にやるって感じがあるじゃない。ところが家帰るとさ、真面目になんだろ?真面目を真面目にやるってのはさ、どうやっていいのかわかんないだよな」
そうして、離婚に至った理由を話す洋。
「健を置いていったのは、俺に反省しろって意味なのかもしれないけどさ。不真面目を真面目にやるのはできるけど、真面目をなぁ、真面目にやるってのはどうやっていいかわかんないしさ。どうしようもないじゃない」
別れた奥さんに少しでも戻って貰えないのかと問いかけた悠子に「いまな、シドニーにいるんだよ。なんか彼氏もいるみたいでな。呼べないじゃない」と答える洋。
その洋を抱きしめる悠子。

朝方、自宅前に戻ってきた洋と悠子。
悠子は自分のキャッシュカードを渡して「夏休みの旅行に使って」と侘びて、去っていった。
そのまま家に帰る気分になれなかった洋が近くの公園で佇んでいると酔っ払った女性が声をかけてきて、洋は誘われるままその女の家で女と寝てしまうのだった。
女は以前から洋をターゲットにと、恋人とともに付け狙っていたのだ。
ベッドで寝ている写真を撮られてゆすられた洋は、悠子から渡されたキャッシュカードを奪われ、車も処分することになってしまうのだった。
そして家に戻った洋は善平に責められるが、善平から“クイズ親子世界旅行”のタレント特集への出演の話がきていることを聞かされる。
「健坊、出たがってましたよ」

クイズ番組の収録の日。
一等商品の旅行先がシドニーだと聞いて、母親に会えると健が張り切っていると善平から聞かされる洋。
「なんで俺に言わないんだよ。ダメな父親より母親のほうがいいって」
「気をつかってるんですよ。金がないのもわかってるだろうし」
そして始まったクイズ番組収録だったが、洋はまったく正解できず、村木親子が一等となってしまった。
「ダメでしたね。わざと負けたんでしょ」

イラついた善平が洋を出迎えた。
そこへ一等の村木親子が通りかかり「娘が嫌なんだって、シドニー」と言って、洋にあげるような素振りをしたが、洋は断った。
「貰いなさいよ。健坊のために貰いなさいよ」
そんな善平の胸ぐらをつかんで洋は「行きたきゃシドニーでもなんでも連れてってやるよ!なんで俺に頼まねえんだ。俺はな、父親だぞ。頼めばいいじゃねえか。そんなに俺は頼りにならないか?そうだろうなぁ・・・だから母親に会いてえんだ」と言うと、興行権を売る話にOKするように六助に伝えるよう善平に言うのだった。
「いいんですか?売れない時はキャバレーまわりもさせるらしいですよ」
「俺はな、芸人だぞ。誰がタダ券なんか貰うかい!芸売ってな、金稼ぐよ」
そこへ参加賞を貰って戻ってきた健に「自前で連れてってやるからな、心配すんな」と洋が言うと、健も自然と笑顔になるのだった。

シドニーに着いた洋と健は、観光を楽しんだ。
そんな時、健がふらついた。
「まためまいしてんのか?」
「・・・違うみたい。大丈夫」
ベンチで休みながら、洋は母親が勤めている会社が近くにあると健に告げた。
「ちょっと会ってみるか?」
健は洋の顔を見つめて、静かにうなずくのだった。
しかし訪れた会社で、母親が明日結婚することを知り、洋は自宅の住所を聞いて健と向かった。
そこには、新しい家庭を持とうとしている母親の姿があり、結婚式のリハーサルなどを行っている、幸せそうな様子が見て取れた。
その日は会うのを諦めた洋と健は、シドニー湾を眺めながら座り込んでいた。
そこで健は、ママは洋が改心するのを待っていたことや、洋には内緒で年に二三回、ママと会っていたことなどを告白した。
「お前はママと行きたくなかったのか?」
「男の子だからパパといろって。パパを一人にしておけないって」
「まいったなぁ・・・とにかく、ママと会いな」
洋がそう言うと、健は「会わないよ。もういいんだ、安心した」と返した。
母親の幸せそうな姿を見て安心したという健。
「ガキのくせにな、大人の心配すんじゃないよ。とにかく会えよ、会っとかないとな・・・」
「なぁに?僕、死ぬから?」
その言葉に愕然とする洋。
「だから会わないんだよ。いま会ったらママが辛いだろ。結婚式の前の日に、息子が死ぬ病気だって知ったら」
洋は言葉を失ってしまった。
「パパ、いろいろ苦労かけてさ、ごめんな」
そう言った健を強く抱きしめる洋。

別れた妻に憐れまれる夢にうなされて起きた洋は、窓の外を見ながら決意していた。
そして起きた健に「あのな、今日から父親と息子の関係でなくな、男の子と男の子でいこう」と言った。
そして友だちのようにシドニー市内を観光して回る二人。
「あのな、もっといたかったらいたっていいんだぞ」
「帰るよ。こっちで病気起きたらパパ大変だし、ママに知られたらママ辛いしさ。思いっ切り遊んだから、楽しかった。パパ、ありがとう」
その言葉に照れた洋は、コアラのぬいぐるみを持ちながら「可愛かったな、なんにでも抱きついてな」と笑ったがすぐに真面目な顔になって「お前は抱きつかねえな」と寂し気な声になった。

そして帰国の飛行機がシドニーを離陸した。
眠っていた洋と健だったが、窓から差し込む朝陽を浴びた健が、苦しそうに目覚めたので洋が抱き寄せた。
「耳が変なんだ」
健は汗をかきながら、耳鳴りやめまいを訴え、その呼吸は荒くなっていた。
日本まで2時間。
機内に医者を呼ぶアナウンスがされ、健はシートに横になっていた。
そしてやってきた医者が簡易的な診察を行うと「脳圧亢進を起こしてますな。ここでは手の施しようがない。成田に緊急手術の用意をさせてください」とスチュワーデスらに指示を行った。
洋は健の手を握り、そばに寄りそった。
「パパ、僕、死ぬの?」
何も答えられない洋。
「死んじゃうんだね。こわいよ。死ぬって一人でいくんだろ?こわい、こわいよパパ」
その時、健は洋に抱きついていた。
「抱きつけ、パパにしっかり抱きつけ。やっと抱きついて、これっきりだなんて許さないぞ」
その健の腕は、やがて力を失っていった。
「先生、寝ちゃいました。だめですか、寝たら死んじゃうんでしょ」
その横で、医者は健の脈を確認していた。
「がんばれバカヤロー。親のことばっかり気にしてて。この、悪ガキがこんなことでへこたれるのかよ」
その洋の叫びは、健にはもう届かなかった。
「信じられないよ。こんなこと信じられるかよ。ひでえよ、ひどすぎじゃないかよ」
飛行機は、日本の上空へ入ってきていた。

ステージの客席は満席だった。
楽屋で準備している洋のもとへ六助が喜び勇んで入ってきて、大入り盛況を讃えた。
「“悲劇の父、泣き笑い90日のララバイ”っていうのもな、バッチリPRにもなったしなぁ」
笑顔の六助とは対照的に沈んだ表情の洋と善平。
「子ども亡くした手記ってのを雑誌社が欲しがっててな」
そう言う六助を蔑むように見る洋。
「ゴミ見るような目で見るなよ。放っておいたってお前、悲劇の父親だよ。子ども死んだんも売り物やないか。ゴミなんやで、お前も。高く売るしかねえだろ」

そんな六助の言葉を受けた洋は鏡を見つめながら呟く。
「そういうことか」
そしてステージへ向かっていくのだった。                                                       

1985年の作品。
劇場ではなくテレビ放映で初めて観て以来、実は大好きな作品で、時折VHSを観返して何度も泣かされた。
当時、人気絶頂期のビートたけしを主演にした難病もの映画で、わかりやすくお涙頂戴の物語が展開していくのだけれど、わかりやすく泣いてしまう。
シドニーロケのシーンでは、オーストラリア観光局とのタイアップの関係で、多くの名所案内がテロップ表示されて、興ざめしてしまうくだりもあるのだけれど、シドニー湾での父と子の会話で、一気に涙が溢れてしまうのだ。
飛行機の中で息を引き取った健を洋が抱きしめながら歌う【グリーングリーン】は、必死に健を呼び戻そうとする洋の全身全霊をかけたものだけれど、現実は非情だ。
そこで終わるのではなく、結局、芸人という立場上、その悲劇さえも売り物にしてステージに立たなければいけない洋の苦悩を、善平が静かに支えていく。
印象的なシーンは、一人にしておいて欲しいと健に言われた後の洋、悠子とチークダンスをしながら語るシーン、シドニー湾での父と子のシーンなのだけれど、個人的に心に刺さるのはコアラのぬいぐるみで健をからかいながら「お前は抱きつかねえな」と洋が寂しそうに呟くシーンだ。
不真面目を真面目にやってきた男が、真面目に父親らしくしようとしながらも、息子からは頼りなく思われていると感じてしまっている心情の吐露。
子どもには、抱きついてきて欲しいのが親なのだ。頼りにされたいのだ。
どんなにだめな親であったとしても、せめて、死を目前にした時くらい、頼りにされる存在でありたいものなのだ。

そして今日は待ちに待った日。
おそらく生涯最後のデートになるだろうって思いながら待ち合わせ場所の御徒町へ。

この子とは去年から、ピザを食べに行ったり日米友好祭に行ったりし、その後は二人で柴又散策したり、池袋のスシローに行ったり、さわやか函南店にハンバーグを食べに行ったり、つな八さんでの天ぷらに付き合ってもらったりしてきた。
楽しみすぎたのか、明け方にはこの子と楽しそうに旅行に行ったりしている夢を見たくらいだ(笑)

この子の希望で、かつやでランチ。
僕も二、三回しか行ったことのないかつやだけれど、二人でかつ丼の竹というのを食べた。
分厚いかつで、熱々で美味しかったし、嬉しそうなこの子の表情に癒される。
まぁこの子と食べれればなんだって美味しい(笑)

その後はアメ横を通り抜けて、僕のここ数年の念願であった“女子と二人で動物園”というものを叶えるために上野動物園へ。
今日が開園記念日らしく、無料開放されていて驚いた。
入園してからはトラやゴリラを見たり、たくさん並んでいる鳥を見ていたら雨が降ってきて、雨宿りしたりと天気に振り回されたけれど、無事にパンダを見れた。
パンダの行列に並んだので、ホッキョクグマやサル山に戻る時間がなくなってしまい、キリンをさらっと見て、閉園時間になっていた。
この子がパンダを初めて見たというのと、僕も大好きなパンダを見られたことで、上野動物園のメインイベントとしては満足だし、なにより楽しかった。
途中で一時的な土砂降りの雨に遭っても、春の冷たい強風が吹いても、この子と一緒に過ごしている時間は、喜びに満たされるから不思議だ。

そして夕食は5年ぶりくらいのフランス料理を食べるために、大塚の樹癒えさんへ。
一口前菜の鴨から始まって、前菜の海老、フォアグラ、オマール海老と旬魚、口直しのグラニテ、和牛ステーキ、デザートと出てくるフルコース。
箸で食べるスタイルなので、気楽で良いし、どれもこれも美味しい。
      
ステーキの写真を撮り忘れる大失態をしたので、一緒に過ごしてくれているこの子から送ってもらった(笑)
滅多にこんな失敗しないし、したとしても、あまり気にならないのだけれど、今日という日をしっかり記録しておきたくて、この追加した写真を大きな扱いで載せてみた。フォアグラが売りのお店なんだけど(笑)
相変わらず、この子とはどんな話をしていても楽しいのだけれど、なんだか今日はついついこの子に見惚れてしまうことが多かった。
先日この子の誕生日があったこともあって、この子のデザートは特別プレートを注文しておいたのだけれど、嬉しそうに驚いてくれたのが、本当に可愛らしくて見惚れてしまった。

またどこかへ一緒に行きたいなって強く思うけれど、僕自身がその時、どこにいるのかわからない。

とりあえず、4/1は新橋への出社になるようなので、まだ東京にいるけれど、いつ熊本や佐賀へ引っ越すことになるのかわからない。
この子だって4月から新しい仕事場に変わるようで、環境の変化もあるだろうし、なにより、恋人ができることもあるだろう。
でも、また行きましょうって言ってくれたこの子の言葉に救いを感じるし、ひと月遅れのバレンタインなのかな?お礼にと言ってチョコレートを貰って、年甲斐もなく照れてしまった(笑)
こんなの、勿体なくて食べられないけれど、食べ物だから食べないと勿体ないというジレンマ(笑)
青梅に着いて家まで歩いていると、昼間に降った雨のせいか星が綺麗に見えていた。
冬の大三角が、だいぶ西に傾いているのも春を感じさせる。

ちょっと寒い一日だったし、雨にも降られたから、この子が風邪をひいたりしないかと心配だけれど、とにかくずっと楽しくて、倖せを感じられる一日だったなぁと思い出しながらお風呂で僕も身体を温めよう。