「タイヨウのうた」を読んで
沢尻エリカ主演で放送されていた「タイヨウのうた」の原作を読んだ
映画にもなっており、興味ある作品だったので図書館に予約し半年
半ば忘れていたのだが、ようやく借りることが出来た
それだけ人気があったのだろう
映画は見ていないが、サイトを見る限り、ほぼ原作に沿ったものと想像できる
ドラマは設定が大きくアレンジされ、別の物語になっている
多くのドラマが原作と乖離したストーリを用いており、題名を同一とすることに異はあるが、これは別の機会の感想としよう
この物語は16歳を目前とした少女と卒業を目前とした少年を主人公として展開される
少女はXPと呼ばれる先天的な病気のため紫外線を避けた生活を送っており
少年はサーフィンに青春をかけている
少女の部屋から見えるバス停から全てははじまる
十代の少年少女が「リアルに生きる」ことを語る
リアルに生きるってなんだろう?
漠然としながらも、一つの答えが、この物語にはある
端的には目的をもって生きることなのだが
それは手段であって、本当はもっと優しさに満ちている
物語が、そっけないと思えるくらいに幕を引くことで作者の優しさすら感じられる
そう、この物語の登場人物は、誰もが優しい
悲しい物語でありながら、癒されるような気がするのは、この優しさのせいなのだろうか?
悲しみと同時に、満ち足りた思いで本を閉じた
美しいってことについての感想
「美しい」っていうのは、個々の価値観にほかならない
例えば、東京タワーなどのシンボルタワー
ライトアップされたタワーは実に美しいと言う人たちがいる
その一方、鉄骨やコンクリートの人工物をいくらライトアップしてもそれは、綺麗であって美しくはないと言う人がいる
そう、綺麗と美しいは異なるのだが
価値観によっては、同一であったり、一部は重なっていたり、まったく違ったりする
誰かが、もしくは複数が定義できるものではない
「見識者や有識者が美しいと言った。だから、これは美しいのだ!」
日本の教育の仕方から考えると、ありえそう・・・
美しい日本
美しいと語ってしまった時点から、美しくなくなってしまっていないか?
定義されてしまった美しさは、教育と押し付けで認知された美しさでは・・・
抽象画をみて、美しいとか素晴らしいとか思った?
写真のような風景画に感銘をうける感性の人は、価値観の差から、抽象画を賛美できないと思うのだけど?
でも、これは素晴らしい絵なんだと誰かに言われると、そうなんだと納得していないか
本当はわからないのに
本当はわからないのに、国会でこれが美しい日本なんだと定義された
だから、こうでなければ美しくない
そう、美しいの定義は美しくないことを同時に定義してしまう
競争力をもち、互いに切磋琢磨することが美しいとしよう
では、競うことなく、互いにかばいあうことは美しくないのだろうか
どちらも、美徳されているのでは?
自分が美しいと思ったものに対して、美しいと言えることが大事であって
美しいことを定義することは陳腐である
「はしか」は定期流行?
はしかって・・・
4年周期とかで流行するようなことを聞いたことがあるが
今年は流行の年らしい
一度なったから、とか、予防接種受けたから、とか言いつつも、かかる人がいるらしい
はしかと風疹を取り違えた?
実は、予防接種を受けていなかった?
って、こともあるだろうが・・・
本当に2回もかかる人はいるらしい
詳しいことは、わからないが、年齢を重ねるにつれ、抗体が無くなるのだろうか?
「はしか」が広がる 予防接種はあくまでも「推奨」
最近、首都圏で「はしか」の発症がいくつか報告されている。「はしか」が広がった創価大学では「はしか」にかかっていない同大生がバイト先から出勤を拒否されたりなどの余波もあった。.......... ≪続きを読む≫