それぞれの終戦 -1- | なおそうやのブログ

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間もなく8月15日

「終戦記念日」を迎える。

 

日本がポツダム宣言を受け入れ

戦闘の終結を宣言したあの日から74年

昭和は忘却の線上に追いやられ

令和の今になって当時を語る人も少なくなってしまった・・・

 

まだ私がガキだった頃、そう昭和40年~50年代くらいか

名古屋の街に戦争の傷跡は至る所にあった。

銃弾を受けたレンガの壁、高射砲台、風化した防空壕

 

そして血みどろの戦いをくぐり抜け生き残った方の声も多くあった。

 

当時ツルんで遊んでいた仲間、S君という。

彼の父親は陸軍兵として南方へ配属され奇跡的に生き残ったのだそうだ。

 

ちょうど今頃、夏休みのダルさもピークになろうかという頃

自販機の前でS君とダベっていた。

冷たいコーラをがぶ飲みしながら他愛もない話から「戦争」へ話題が振れた。

 

「俺らさ、こうやってダラダラやってるけど・・お前の親父って戦争に行ってたんだろ?」

「ああ」

「すげえな、よく生き残ったよな・・厳しい時代だったよな」

「だな」

「戦争が終わった時って、親父はどう思ったって?」

 

「泣いたってよ」

 

「へっ?」

 

意外だった・・・泣いたって?

 

「そっか、もう戦わなくて良いんだって思って泣いたのか?」

てっきり、戦いの苦しみから開放されると感じた「嬉し泣き」かと思ってしまった。

 

「違うよ・・・この日本が戦争に負けるとはって、悔しくて泣いたんだってさ」

 

あまりに正反対の答えに、しばし言葉を失ってしまった。。。

 

敗色濃厚ではあったが

最後まで戦う事を諦めなかった日本。

終戦という節目は、それぞれに違った記憶を刻みつける。

 

「安堵」 「開放」 そして「慟哭」「落胆」

 

純粋に、ひたすら純粋に我が国の勝利を信じて戦い抜いたS君の父は

戦争を知らぬ我々の世代に貴重な記憶を刻みつけてくれた。

 

「終戦」とは字の如く戦いの終わりであると同時に

彼の中で「戦いに勝つ」という可能性が終結することでもあったのだ。

 

終戦という二文字には

あまりに深い「個」としての解釈がある。

100人には100通りの受け止め方があり

全てが間違ってはいない。

 

歪み無く次の世代へ伝えることが

令和に生きる者の努めではないかと思うのである。