アチョー!! 1978 Rock'n Roll 徒然草 | なおそうやのブログ

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使い捨ての時代に逆行し
 「買わない」「捨てない」「諦めない」をテーマに
展開するエコロジカルなブログ

 

GWを迎えると

毎年思い出すことがある。

 

話は昭和に遡り1978年、昭和53年

今日をもって「二時代」前となるわけだ。

 

当時はゴールデンウイークなんて

洒落た呼び名も無かったと思う・・・

 

4/29が天皇誕生日、5/3から5/5あたりで飛び石連休。

週末がうまくハマれば 三連休になるくらいで

土曜日は学校は普通にあったし

三連休なんて数年一度あるかの大イベントであった。

http://www.benri.com/calendar/1978.html

↑当時のカレンダーをみると二連休+飛び石連休。

今思うと「全然ゴールデンじゃないな」

それでも一日学校→休みというリズムが嬉しかったものだ。

 

休みの前日の夜が一番楽しいのは誰しも同じ

テレビを見ながらゴロゴロしていた私に

「明日は映画を見に連れてってやる」

父が言ってくれたのだ。

 

 「ヤッター?」

 「何が観たいんだ?」

 「死亡遊戯」

 

 

1977年、アクションスター「ブルース・リー」が撮影中に

急逝し、遺作となったことでも大きな話題になった作品だ。

そりゃ当時のブルース・リーと言えば

小学生の間でも大人気だった。

TVの特撮ヒーロー物には飽きて

等身大のヒーローに憧れ始める・・・

ちょっと大人になりかけた小学五年生だった。。。

 

「死亡遊戯」と言われて「?」と言う表情を浮かべた父だったが

「おう!じゃ、それ行こうな」と即答してくれた。

 

こうなると休み前のハイテンション状態!

新聞の映画欄を調べてみる

 

 

しか?鹿?ではない。

当時の映画は二本立てが普通で

メインイベント+サブ的な組み合わせで興行されていた。

今思えば大サービスだったな。

 

亡遊戯

タストロフ という二本立てで

放映予定の見出しが「死 カ」となる。

 

プ 

 

何かの呪文ではない。

 プレデター

 ・・・忘れた・・・デイ・アフター・トゥモロー・・だったか。。脱線

 

 

父親に予定を相談し

昼前の「死」から午後の「カ」で出かけることにした。

 

 

 

<映画館到着>

 

考えが甘かった・・・

大スターの話題作、そして連休・・・

もうチケット売り場は長蛇の列。

映画館は「死亡遊戯」を観たいと思う人達で

ごった返していたのだ。

 

やっとの思いでチケット窓口にたどり着いたのだが

「自由席は " 立ち見 ” になるかも・・」

窓口のお姉さんの言葉に

「うえぇぇぇ・・・」っと思わず表情にだした私。。。

 

「一コマ待って頂ければ指定席が空いています」

 

窓口の横にチケット料金の一覧が貼ってある。

「自由席」 〇〇○○円

「指定席」 〇〇〇〇円

 

小学生の私が見ても「指定席、高え!」と思えた。

 

少しの沈黙の後、父が言った・・・

 

「じゃ、指定席をお願いします」

 

「えええ!イイの?だって高いよ!」と言ったと思う。

父は「いいから」といって高価なチケットを買ってくれた。

 

いつもはお金に厳しく、無駄使いを絶対に許さない父だった。

 

実家は長野の農家であったが

それはそれは苦労して育ったそうだ。

決して「ケチ」なのではない

お金を使う時は

ありがたく、使いみちをよくよく考えなさいという

ことを厳しく躾けられていたからだ。

 

父は「息子の思い出を作ってやりたい」と考えてくれたのだろう

 

あまりの混雑に辟易していた私だったが

思いもかけない展開に再びテンションが上った。

 

ちょっと特別な気分で指定席に座った。

お小遣いで映画のパンフレットも買った。

間もなく「カタストロフ 世界の大惨事」という映画が始まる。

死亡遊戯のオマケ的な作品だったが

これはこれで面白かった。

 

しばらくの休憩時間の後

待望の「死亡遊戯」が始まる!

上映開始のブザーが鳴り、照明が落ちる

 

映画館にいた人たち皆がワクワクしていたのだろう

誰かか「待ってました!」と大声で叫んだ。

 

そうしたら何と 

映画館の客席から大拍手が起こったのだ!

そう、まるでコンサートの開始前のような

ファンの熱気が爆発するような瞬間だった。

 

それからの二時間
食い入る様に映画のスクリーンを見続けた。
夢中でスクリーンを見つめる息子を
父はどのように思ったのかはわからない。
 
最後のスタッフロールまで見終わった後
父が言った
 
「面白かったか?」
「うん!」
 
 
 
興奮がおさまってきたらお腹がすいてきた・・・
映画館の隣にある喫茶店で食事をして帰ろうとなり
少し古びた喫茶店の片隅で
サンドイッチを食べながら・・・父は対面で新聞を読んでいる。
すこし首を傾げながら新聞を読む姿はずっと変わらない。
 
「なあ・・・」 父が不意に私に話しかけた
 
「死カ って何だ?」
 
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時代は移ろえど
少年の頃に刻んだ想い出は色褪せず
良き思い出となって今も生き続ける。
 
私も当時の父親より年を取った
 
父親となった今
子供には良い思い出を残してあげたいと思う。
私がそうしてもらっていたからだ。
 
貴重な休日を家族のために費やして
大変だったろうに・・その苦労も理解できるようになった。
 
「楽しかった?」
「うん!」
 
同じように子供に聞いている。
そうなのだ・・・「うん!」 これで十分なのである。
 
 
父とは訳あって
離れて暮らすことになった。
しばらくは音信不通であったが
ある出来事をきっかけに、僅かな時間ではあるが
電話で話す機会ができた。
 
☎「想い出をありがとう」
 
もう伝える機会も限られていると思っていた私は
ある時突然だが、そんな言葉を伝えた
 
突拍子もない言葉に聞こえただろうけど
絶対に伝えなければならないと思っていた。
 
☎「ああ・・・」 
 
それだけの言葉だったが、それで十分だ。
男同士、それだけで伝わる・・・
 
昭和の時代
10連休は無くても
セピアに色あせない想い出こそゴールデンである。