2004年11月07日

愛情はもらうものでも欲しがるものでもない
けちらずに与えるもの

私はどうだろう?
きちんと、あの人に、愛情をあげられているか?

けちらずに。

友達にも恋人にも、けちらずに。
私が冷たい人間な理由のひとつは、きっとここ。
感情や愛情をけちっている、出し惜しみしている。

子供のころのことなんてどうでもいい。
20年以上も縛られているような大したものじゃないはずだ。
20年以上も縛られているなんてばかばかしい。
自分がその気になればきっと、この底知れない
そこはかとない
孤独から立ち上がって外に出られるかもしれない。

けちらない。

2004年11月01日

すれ違い すれ違う

私はどうしたいのかな、この人と。
どうして他に目を向けたがるのかな。
もう家族みたいなものなのかな。そんなことないでしょう?
どうして大事なのにきちんと大事にできないんだろう。
自分を押し付けて全開にしてしまうんだろう。
剥き出しの自分は狂気に近い。
剥き出しの自分は人にとって凶器になる。

どうして当て馬だって分かってるのに執着するんだろう。
どうしてこちらを見てくれる人を大事にできないんだろう。
一人で立っていかなきゃいけないことに今から憂鬱で
寄りかからせてくれる場所を探している
逃げ場を探している
いまだにあがいている。みっともない。

どうしてきちんと大事にできないんだろう。
きちんと愛情表現できないんだろう。
きっと本当に大事なのはあの人なのに。
2004年10月20日

かるく失恋。

かわいいって言ってくれてたし、初めて会ったときは確実に興味を示してくれてたのに、
気付いたらほかの女の子と仲良くよろしくやってる。

いまさらになって、私は興味津々、もっと話したい。

かるく失恋。

メールで粉かけてみたけれどぱっぱと追い払われてしまった。

ああ、あの時、
名刺をくれて、私を見つめてくれたとき、
びっくりして引かないで、応じれば良かった。

もらった名刺にすぐにレスすれば良かった。

教訓。

名刺をもらったらとりあえず連絡をとってみる。
2004年09月11日

そうだったのか。やっとはっきり見えた。
二人の間を薄い不安で覆っていたもの。
この考え方の相違だったんだね。

つまり私は確認してしまった。もしも某と一緒になると、
甘えて生きていくことは出来ない。
精神的に本当に「自立した女」でなければならない。
そこに細い線がある。

結婚、夫婦が100%であることは望まれない。
そうすると某がやっていけない。
某は常にある程度一人でいたいんだ。個人として向き合いたいんだ。
私がべったり寄り添い、喜んで犠牲になることはむしろ苦しいのだ。

だから私は望まずとも自立した女にならなければいけない。
経済的にじゃなくて、精神的に。
自分の「コレ」というものに向かってひた走る女にならなければいけない。

そして今の、ここ1,2年の私はまったくそれに向かえていない。
どんどんべったりに甘えていった。

楔が打ち込まれた。
私は甘えることを許されない。
私の人生を私の力で全力で歩かなければならない。
そう宣告が下った。

目が覚めた。

悔しさと怒りと寂しさとが混ざってかるいショック。

目が覚めた。

違う違う、何かが不安だと思っていたのはここだった。
某が私について不安に思っていたのもここだった。
描く夫婦像がまったく違った。

私は心のどこかで某に線を引かなければならないのか?
2004年08月30日

おぼろげに判っている。才能はないってこと。
昔ばかりを思い返して悔やむこと悔やむこと。

もう一度高校生からやり直したい。私の意識の始まりから。
今ならすべて、うまくやれる気がするから。

昔ばかりを繰り返した頭の中は暗いリフレインでいっぱい。
今を見て戦え、と怒鳴っても怯えてすくんで後ろを向く。
ああ、だから嫌なんだよ。

先を見ると吊橋の下を見るより怖いから止めておけ。
怖くて怖くて仕方ないだろう、先が見えるのは。
見ないで楽しみにできるように、取っておけ。

見ないで楽しみに出来るぐらいの器量は持っておけ。

おぼろげに判っている。何も自分にないってこと。
失敗ばかりを思い出して嘆くこと嘆くこと。

もう一度高校生からやり直したいと思っても
私の意識はもうここまで来てしまった。

いつまで経ってもうまくやれない。それが私なんだ。
いつでも生傷が絶えない。ひねくれたエネルギーの塊。
それが私なんだと
目を見開いて認識しな。
2004年08月25日

私はこの眼で勝負する。

人に真っ直ぐのぞき込まれたとき、
鏡に自分の顔を映したとき、
曇っていることのないように。
濁っていることのないように。

正しいのではなく、美しいのでもない。
まっすぐに見返しうる濁りなく曇りない眼でありたい。
ただ、人としてまともでありたい。

そのために私は自律し続け、自問し続け、考え続けなくてはいけない。
この眼が腐ったら私も終わりだ。

けれど私はこの目で勝負できない。

人と接して何かを見るとき、
自分の道を探したとき、

映っているものは不確かで
見えているものは不確かで。

自信もなく、根拠も無い。
ただ、ここに見えるものを信じていくだけだ。

それが理由で私は、やはり自律し続け、自問し続け、考え続ける。

この目が見えてきたら私も捨てたものではない。

それまでもこれからも
私はこの眼で勝負する。
この眼。
2004年08月06日

今日退職願を書いた。

とってもスムーズに退職の意思が上部に伝わっていき、
上司の根回しも手際よく、
私の退職の日取りがめでたく決まった。

感慨も実感もない。
退職願はいつものようにテレビをつけっ放しにした部屋で、Tシャツ一枚で
イスの上にあぐらをかきながら書いた。
とてもさらさらと書いてしまった。

最近、本当にやめていいのか多少迷う。
慣れてきたせいだ、と思う。
仕事そのものが面白いと思っているわけでもなく、
とても尊敬できる先輩が居るわけでもなく、
すこぶる居心地が良いわけでもない。

ただ、定期的にまとまったお金が入る安定感と
職場の独特な雰囲気に慣れ、仲間に入れるようになった、と感じ始めたから。

でもそれは、仕事として見た場合ではない。

やはり打ち合わせは嫌で嫌でたまらないし、仕事に意味を見出せない。

迷う。というよりは未練か?

先が決まっていないから不安になるのも一理ある。

だけど望んだのは私。体ごと望んだのだ。

一度決めた。吐くほどに考えて決めた。
もっと考える。考え続ける。けれど、考えるポイントを間違えない。
何を基準に考えるか、どの視点から見るか、何を優先させるか。

だから、私はどういう生活を送り、何をしたいのか。

それだけをしっかり見据えていかなくてはいけない。
睨み付けて一瞬たりとも目を離してはいけない。
2004年07月25日

相変わらず先は見えない。

もう考えることを放棄してしまいたくなる。

それでも考え続けることが、人生を真剣に生きること。

なあなあな毎日をこれ以上送らないことが、人生に復讐されない術。

私はこの数年のうちで、一番真剣に考えている。
何もしてないけれど毎日精一杯考え、精一杯やることをやろうとしている。
必ず報われると、血肉になる日が来ると言ってくれる人もいる。
毎日呼吸ができないと思うくらい真剣に考え、その場を生きている。

相変わらず先は見えないけれど、進むべきなのだ。
私が進みたがっている。ここじゃないと全身で訴えている。
それを一番感じているのは自分だ。目を背けてはいけない。

安定は失う、安心も失う。けれど心の充実を得ることが出来るなら
これほど幸せなことがあるだろうか。

ほら、私の価値観はそこにあった。
そこだったんだ。

苦しくても投げ出さないで全力で考える。
その結果は、後悔しないものであるだろう。
間違ったとしてもまたやり直せばいい。陳腐な言葉だけれど真実だ。
一生懸命に。全力で。
それだけが、見えない先を開いていく力になる。
2004年07月20日

「本当の恋と言うなら いつも側にいて」
「本当の恋なんだから いつも側にいるよ」
会う度に漠然と不安になってくる。この先一緒にいると言う直感がしない。
会う度に別れる時があるけれど、すこしずつ痛みに慣れていっている。
このままこうしていって、その先はどうなるの?
結論を急ぎたがる私の悪い癖が出る。

漠然とした不安は、自分の気持ちが離れていくような不安。
相手はどうだか知らない。
自分が離れていきそうで不安。
会う度に、せっかく久しぶりに会ったのに、一緒にいる時間がだんだん面倒になってくる。
そのくせ別れるときは言いようのない寂しさと不安がやってくる。

秋の空のような、カメレオン色の心。
2004年07月05日

挙げてみる。整理しよう。

一般事務的なスキルと基本的な社会人マナーを身に付けたかったが、
ここのくだけた雰囲気と現在の仕事内容ではなかなか難しい。

採用時に人事に仕事内容を質問したが、その答えには含まれなかった仕事、
そういうことをやるとは聞いていなかったという仕事がほとんどである。
また拘束時間が長く自分の時間が十分に取れない(今後)だろうと感じる。

自身の「キャリア」についてもう一度考えてみた結果、
企業に事務要員として勤めることよりもこれまで学習してきたフランス語を生かした仕事を
していきたいと考え、そのための専門学校に通いたい。
またあるいは、校正やテープリライトなど編集に関わる仕事も視野に入れており
そのための勉強をしたいと考えているため。

ま、ぶっちゃけて言えば、
雰囲気がくだけ過ぎてて社会人としてのまともなマナーが身に付けられる環境ではない。
聞いていないよ!という仕事が多すぎる。合宿引率、部活、数々のイベントなどは
ハッキリ言って入ってから知った。こういうことはやりたいと思っていなかった。
土曜休みでないこと、イベントのたびに就業時間が無視され長時間拘束されることが嫌。
結局、「会社」というシステムとそれに関わる仕事自体が自分に合っていない。
もっと拘束力が弱く、不安定であっても自分の裁量で進められる仕事、かつ、
フランス語が生かせるか、文章に関わる仕事がしたい。

これで、まとまった。
いろいろごちゃごちゃ考えたけどさ、心の中をぶちまけたら
こういうことだったんだよね。

ずっと自分が弱いせいだ、甘いせいだ、情けない、と自分を責めてきたけれど
100%自分のせいということはありえないし、何よりも
大事にすべきは自分なのだった。
自分が感じたこと、考えたこと、したいことを受け入れてやるべきだったのだ。

これで大丈夫?私、まだいろいろ揺れるだろうけど、これで本当?