2007年11月30日

2005.04.09

満開の桜を横目で見ながら
マーティーは行ってしまった。

やっと来た日本。渋谷の夜に心細そうに消えていった背中が忘れられない。

ほろ苦い思い。
生きていくのも、生活することも難しいメガロポリスで
「何とかなる」と思ってやって来たetrangerには
きっと複雑過ぎて高すぎた。
どうして、もっと優しい街になれないんだろう。
日本人にさえ難しい。

消費することが街の生き方。
東京はきっと消費するための街だ。

マーティーはcrazyな消費速度についていけなくて
途中で資金が尽きてしまった。
私だって毎日、狂気的な何かを隣に感じながら
生きているのだから。
うっすら、狂気をまとった消費生活をしているのだから。

東京が嫌いにならないでほしい。
優しくない複雑な、crazyな街だけど。

ほろ苦い。意気揚々とやって来て、手痛いウェルカムをくらってしまった。

お金でも物でもない、もっと大事なものは確実にあると思った。
マーティーはそれを期待して来たのだから。

お金でも物でも表せない深い親しみの感情を
どう表して良いか分からない。
だからコンビニで買ったお茶とおにぎり。
元気を出して。

かわいそうなマーティー。
わくわくした気持ちをぺしゃっと潰されてしまった。
元気を出して。

私も、覚えがあるから。大都会で何度も悔しい思い、
恥ずかしい思い、泣きたい思い、苦い気持ち、
噛み締めてギリギリしたことあるから。
何だか、すごく分かるんだよ。
Je suis honte, je suis bete. っていう君の気持ち。

Il faut etre chic,interigent. って、本当だね。
この怒濤のスピードと消費の波と人ごみを
スマートに泳いでいかなくてはいけない。
ぞっとするような量の情報と頭の回転で
そ知らぬ顔して、crazyに泳いでいかなくては。

優しくない。なんでこんなに優しくないんだろう。
マーティー、おにぎりとお茶で伝わったかな。
君はhonte すべきでもbeeteでもない。
ただただ、こっちがcrazy, on est fouなだけ。

また来てね、マーティー。待っています。
2007年08月12日

8月20日 14時07分。
はくたか15号の座席にて列車の発車を待っている。

離れがたい胸の切なさをじんわりと感じつつ、楽しいひとときを過ごさせてくれた金沢の地にこっそりお礼を述べている。

たった一泊でも、自分が歩き、食べ、買い、話し、寝た土地は愛着がわいてくるものである。
素敵な感動、感覚への刺激、心の温かさをくれた土地ならばなおさらだ。

横浜の方位学の占い師に、8月中に金沢へ行けと言われて素直にやって来た。
仕事運が上がるからという言葉と、仕事が行き詰まって逃げたくなっている現状に背を押されて。

発車間際のアナウンスが流れた。4号車の指定席は人もまばらだ。
どきどきする。大切な人と別れた時のように、妙な緊張と切なさでどきどきしている。また来るから待っててね。
また会えるよね?動き出した。

金沢は本当に風光明媚な街だった。現代の建築物でさえも雅さと景観を保っていた。
人が優しく、街が広々と気持ち良く、空が広かった。

東京の片隅の狭いワンルームに住み、これまた都会の中心に埋没しそうな小さなオフィスで働く私は、毎日とても狭い空間でしか生きていない。
電車だって満員の時間にしか乗らない。歩いていたって周囲にはぎっちりと人がいる。ビルは高く密集し空は断片しか見えない。音は真綿のように息苦しくまとわりついてくる。
私はいつも窒息しそうだった。

久しぶりに、あるべき空間に出会えた気分だった。
嬉しくて懐かしくて鼻の奥がツンとした。そう、私はこういう所で生まれ育ってきたのだから。18年間も空間は広いと信じていた。
あのあらゆる狭さこそ、東京の特徴のひとつなのだとはっきり理解した。

いろいろ書いているうちに、14時37分、高岡に着いた。人が乗ってくる。私の隣は空いたままだが、誰か座るのだろうか。
前の座席には壮年に見えるご夫婦が座った。ツアー特典のチケットで交換した鯛ずしはいつごろ食べようか。


私の隣には誰も座らなかった。富山までもうしばし、贅沢な列車の旅を味わえる。

金沢に来たのは2度目だ。と言っても一度目は主に能登半島の旅の思い出だが、とても美味しい治部煮をホテルのレストランで食べた記憶がある。ついでに両親に食前酒として出されたアンズ酒が美味しくて、しかも金箔まで浮いていたので、中学生のくせに私がほとんど飲んでしまったのを覚えている。

今思えば、幼い子供を連れてよくあんなグレートな旅を決行してくれたものだ。能登半島一周なんてなかなかできない、豪華で体力のいる旅行だ。

富山に着く。はくたか、意外と速いな。ますの寿司はまだ一度も食べたことがない。今回もおあずけだ。鯛ずしを食べよう。

越後湯沢ではくたかを降りてとき336号に乗った。隣のホームにはMAXが偉容を呈して停まっている。やっぱりでかいなあ。
乗り込むとすぐにときは動き出した。はくたかの座席より少し狭いな。

富山を出たあと、鯛ずしを食べて一息ついたら眠くなってそのまま糸魚川のあたりまで眠ってしまった。途中、魚津で若い女の子が隣に座ったので目を覚ました。大学生かな。

今日の上り方面は混んでいるらしい。はくたかもときも指定席は満席、自由席も満席で、デッキに人があふれ出していた。

それにしても鯛ずしが美味しかった。全くの余談だが私は駿河湾の港町の隣町に生まれ、赤身魚の文化圏で育った。
魚と言えばマグロかカツオかヒカリモノ。白身は鯛かブリくらい。
恥ずかしながら大学に入って上京し居酒屋に行くようになるまで、ホッケも鯛もノドグロも良く知らなかった。はんぺんは黒いもの、おでんは味噌ダレにダシ粉と青のりをかけて食べるものだと思っていた。そう言えばコンビニのおでんは全く違う関東風だったな・・・などと上京したばかりの私はぼんやり思い出していっけ。

これから1時間20分程度かけて東京に向かう。東京は今日も暑苦しく息苦しく、私を鬱々とさせるのだろうか。あるいは私が金沢で得たパワーで乗り切っていくか?

明日は職場で上司と大事な話し合いがある。
私は真面目に仕事をやっているつもりだが、決して前向きではない。クリエイティブなアイデアも出せていない。面白くないと感じている。
それは上司にも十分伝わっていて、時々そのことを含め私の持っている仕事の今後について話し合いが持たれるが、いつも非建設的なことしか言えずに終わる。
情けなくもあり、心のどこかで当然だと思うこともあり。

頭の中の対話はこうだ。
「こんな条件の悪い会社で仕事量はキャパオーバー。なのにスケールはこんなにちっちゃい。やってられるか!」
「いやいや、こういうのを乗り越えないと成長できないのだ。踏ん張り時だしなけなしのキャリアも崩れる。やれよ!」
「でも心が、心底嫌がってる。身体に影響が出るくらい嫌がって辛いと言ってるんだ。このままでは幸せになれないよ。」
「だけどそれは逃げじゃない?それに今の会社の現状を見てみなよ、抜けられる状態か?」

あなたはどちらの言葉に共感するだろうか。

前者は私の素直な声だが、後者は私が未熟だと思い、矯正しようとする声だ。
素直な気持ちははっきりしている。けれどその考えに自信がないから、こんな問答を繰り返してしまう。ひょっとしたら私の考え方は幼稚なんじゃないか?我慢が足りないんじゃないか?投げ捨ててはいないか?

でも深堀りしていくとふと見えることがある。
この声は世間向きの、世間に好かれ迎合して行こうとしていく声じゃないのかって。

どちらに従いたいか、どちらに従えば自分は幸せになれるか。それさえ判断できないほどに最近の私は自信がなく、価値観を揺さぶられている。これは見切りをつけるべきなのか、向かっていくべきなのか?

列車は高崎を出た。もう関東圏に入った。ここからはあっという間、まだ広々としている空も空間も次第に狭くなって行き、終点の極小空間へとつながる。
大きな大きな街なのに、人が感じる空間はあまりにも狭い。都会ならではのパラドックス。

1泊2日の素敵すぎるトリップを終えて、私はまた窒息しそうに狭苦しい日々を繰り返さなければならない。いつか必ずここから抜け出してみせる。
そのために今、目の前の、どちらを選択すべきなのだろうか?

次の停車駅は大宮だ。列車は迷わず東京へ向かって進む。
2007年03月18日

あの子が私の前で泣くなんて
中学校のときケンカして以来かもしれない。

どうしたんだ、そんなに心細い声を出して。
こらえなくていいよ、遠慮しなくていいよ。
今は無理に取り繕わなくていいよ。
吐き出してしまえ。



大丈夫だ、きっと治るよ。
治らなくても死にはしないよ。
生活しながら付き合っていける病気だって、医者も言ってた。
頑張れよう。
少しペース落として、体が資本だからさ。
ゆっくり改善していけばいいよ。
私も頑張るから。


連絡してくれてありがとうね。話してくれてありがとうね。
こんな時くらいしか役に立てないから。
教えてくれなかったら私はあんたの辛い時に
何も知らずにマヌケに通り過ぎていただけだろう。
また何かあったら呼んでね。
話くらいは聞ける。話し相手くらいにはなれる。


頑張ろう。ゆっくりでいいから頑張ろう。
無理しなくていいし、時々立ち止まってもいいから、
ほんのちょっと進んで行くことが大事なんだ。
あるいは前を向くだけでも良いんだ。


明日はお母さんに全部話して、いっぱい泣いて、ゆっくり甘えてきなよ。
ずっと一人で頑張ってきたんだから、
ちょっと立ち止まって休んでもいいのかもよ。


頑張れよう。泣いてもいい。また辛い時は電話してよう。
あんた、抱え込み過ぎなんだからさ。
2007年02月28日

なんかさ~
就職活動って一種の宗教だよね~
キャリアも何もない人間がどうしてあそこまで
熱く語り、言い切れるんだろうか。


そんな冷めたこと言ってるからこんな状態になるんかなあ(==;)

エントリーシート書いてると、書いてる自分にふっと冷めた目を向けてしまう・・・。
あれ、いま書いてるこれって妄想?みたいな。
やらなきゃいけないのに!!!
mixi開いてる場合じゃないよん!!!
2007年02月01日

ごめん、私のことを考えて一生懸命アドバイスくれるのは分かってる。

でも一旦、耳を塞がせて。

答えが出なくてたくさんの人に聞いたら、
今度は自分で考えることができなくなっちゃった。

一度シャットアウト。
助言も人の目も評価もシャットアウト。

それでも本当に必要なものは残っていくはずだから。
正しいかどうか、評価されるかどうかじゃない。
納得できるかどうか、したいかどうかだ。

だからごめん、一度耳を塞ぐよ。
2007年01月22日

自分のなかに理由がないのに、仕事に意味や意義を求めるのは
無意味だと気づいた。

そんなものは、やりたいことがはっきりし、目標に向かっている状態で
初めて生まれる。

それ以外は多少なりとも妥協や折り合いがあるのだから、
生きるため、生活するためという大前提以外には
仕事に明確な動機や意味はあまりないと思う。

だから、下手に悩みすぎないこと。
生きるために働く、お金を稼ぐために働く。
それはとても尊いことだと、得難いことだと、仕事を失って気づいた。

働いて生活できている、それだけで仕事をする意味の半分以上は
満たせているのじゃないか。

あとはここに、やりたいことというプラスαを
見つけられるよう、目標に向かって充実できるよう、
探し続けて行くことが大切だ。
2007年01月06日

寂しい。ああ、切ない。

いい歳をした女性が、酔っぱらって送ってくれる男も無く
一人で帰る。
これは切ない。

神様。
贅沢は言いません。
どうぞ、魂を分かち合える、心を許せる
人に出会えますように。
2007年01月05日

品川駅でこだまを降りて、
見慣れたホームに降り立った時に瞬間的に思った。

私はここで何をするんだろう?

正月を感じさせない慌ただしい雑踏に混じって
荷物にぶつかられたりしてたどたどしく歩く。
急に心細さが込み上げてきた。

私は何をしにここに来たんだろう?
ここで何をしたいんだろう?

あの暖かくてのんびりした、幸せなクニから
2時間で別世界へ。
あのクニがもう懐かしい。いとおしい。

東京に拘る理由はなんだったんだろう。
友達、モノ、情報、文化・・いろいろあるけれど
それは本当に大切なものだったかな?

ちょっと考える必要がありそうだ。
クニにも良い所があると、身に沁みて感じてきたのだから。
2006年12月19日

空っぽな中身を外から埋めていくことと
溢れ出す何かを内から放出していくことでは
幸せの度合いがまるで違ってくるんだろう。

情報も物も溢れすぎると選べなくなる
必要な物と少しの刺激だけあれば生きていけるのに
無駄に消費を繰り返すと麻痺していく。
際限がなくなっていく。
そこから先はもう生きることと言うより
生きる意味、感じる瞬間を
探して行くことになってくるだろう。

それは自分の中にあれば幸い
無ければ苦悩
気づきもしなければそれもまた幸いかもしれない

なんてことを無駄に考えるより先に
小さな事を決めて
決めた小さな事から実行していく
それこそが大事で、日々の血肉になっていく
ってことだ。
2006年12月18日

自分を慰めるためだけに時間とお金と体力を使っている
そんな自慰人間にはならない。

産まれ出でた意味、役割、使命、人との関わり、経験してきたことのすべてに
意味があり、レッスンであるはずだ。

そして意味を活かすのは意志や意思だ。
強く持て、強く保て。