2006年11月07日

ないもののことばかり考えていた。

いつも何かが足りなくて、何かに悩んでいるなあと思ってみたが
実はないものにばかり思いを馳せていて
ないものにばかり足りない、足りない、と言っていた。

あるものに目を向けてみれば
ないものを補うものもあるだろうに。
あるものに目を向けてみれば
ないものにはない良さがあるだろうに。

できれば、あなた、あるものにももっと目を向けてみよう。
友達も、家族も、恋人も、
ないと思っていた関係の中に、相手の中に、
何かが隠れているだろう。

人はないもののことばかり考える。
あるもののことは考えない。
あるもののことを考えたら、
ないもののことばかりを考えるより、
きっと幸せを感じる近道なんじゃないかな。


あるものを。
その掌に。その腕に。その胸に。その家に。その部屋に。
その家族に。その友に。その想いに。

あるものに目を向けて。
2006年10月09日

間違っているのかな。
甘えているのかな。
弱いのかな、中途半端なのかな。

どこを基準に?何を大切に?何を目指して?
あぁもうぐしゃぐしゃ。
体の真ん中を通っている柱がすっぽりと抜けてしまったみたい。
梁がなくなってしまったみたい。

誰に聞いても分からない。
雑誌にも本にも答えなんて載ってない。
いくら占ってもらっても正解はない。
どんなに愚痴っても整理はつかない。

ぜーんぶやったうえで決める、自分で決める。
人生に責任を持つってこういうことだ。
人生に逆襲されちゃうよ、とあるアニメの主人公は言っていた。
刺さったままの言葉は大人になった自分に向けられる。

間違っているのかな。
甘えているのかな。
弱いのかな、中途半端なのかな。

価値観はどこだ、信念はどこだ、思いはどこだ、願いはどこだ。
何もなかったら生きていない。
何もなかったら息してるだけ。
ある、あるはず、埋もれて隠れて覆われて
奥底の底の底に
そこに

間違っているか判断する
甘えているか判断する
弱いか、中途半端か判断する

私の中の中にある答え。

見つけ出すことが私の責任、私の私たる所以を築く。


焦ってる?


答えはまだ出ない。出したいね。
2006年09月02日

こどものころの心の影響が
良く分かり始めた、今日この頃。

私はずっとお母さんに
褒めてもらいたくて、かまってほしくて、
頭をなでてもらいたかったんだなあ。

ただそれだけだったんだ。

ただそれだけの満たされない欲求が
曲がりくねってこんなところに
噴出してしまうんだね。
全く関係ない仕事の場とか、友達の場とか。

ただそれだけなのに
今までの私にすごく大きな影響を与えている。

これをなんとか消化して
消火して
昇華して

あたらしい一歩へつなげたいね。
私のこどものころ。
2006年05月09日

ずっと
ひとりで
いつも
寂しがっていたけど
そろそろ
幸せに
してあげても
良いと思う。

たった一つの足枷はほかでもない自分
そんなくだらない人生は終わらせたい
たくさんの幸せのもとはほかでもない自分
そんな素敵な人生をつくっていきたい

立ち上がれ
泣きながらでもいいから
立ち上がれ
苦しみながらでもいいから
歩き出せ
不安になりながらでもいいから
歩き出せ
たった一点の光明を目指して

ただ一つ約束しよう
留まらない
振り返らない
戻らない
2005年11月26日

いつでも泣ける。

あなたのことを思い出せばいつでも泣ける。
あなたからもらったメールを読めば
あなたの深い愛情が匂い立つ。
いまでもしっかり感じる。

ほら、こうしている今だって、頭の中でリフレインする
あなたの言葉。

話したいよ。
私がありのままでいられるたった一つの場所だったと
今も思う。
ただありのまま過ぎて少しずつ箍がはずれてきたから
少し怖かった。

話したいよ。
考えていること全部。
感じたこと全部。
あなたに話すことで私の心は整理され
あなたに何か言ってもらうことで
強くなれたんだ。

ただ一つ
女の子としての部分を除いて。

でも
私は女の子としてより
わたしとしての心を預けたい。

2005年11月25日

私の心の中に彼岸がある。
いつでもぐらぐらする足下にある。
ほんの一瞬、あちらに行って
慌てて気づいて足を引っ込める。

彼岸はいつでも私の本質。
私が心の芯で考えたことは
彼岸の大地。
それでできている大地。

この溝をこそ越えれば、超えれば
私は彷徨わなくなるかもしれない。
だけど今自分を形作っているものも失うかもしれない。

彼岸はいつでも私を受け入れるだろう。
いつでも行けるだろう。
その証拠に毎日何度となく片足を伸ばして
その大地に触れている。

けれど彼岸は私を返してくれないだろう
帰してくれないだろう
こちら側に。
そこには人との触れ合いがある
私がこちら側で数少ない執着するもの。
それを失ったら、私は一人で気持ち良くなっているだけの
自慰人間になってしまう。

他のどんな辛いことを我慢しても捕まえていたいものが
こちら側にはまだある。

彼岸、あまり呼ばないで。
きっといつでも行けてしまうから
まだ踏み止まりたいから
そんなに強く呼ばないで。
2005年08月21日

過去の楽しかった思い出を恋しがって泣くことはあっても
今、本人を恋しがって泣くことはなくなってしまった。

それに気付いた時点で、もう「過去の人」になりつつあると感じていた。
何度か、立て直そうと思ったけれど
やっぱり私の気持ちは変わっていたみたい。

ごめんね。駅の階段で下から呼び止められたとき
嬉しそうな顔一つ、喜びの言葉一つ、出して上げられなかった。
多分当惑した顔だった。「あ、いる。」そんなことしか言えなかった。

最後の午餐は大好きなオーディネールだったね。
どうしても、Tには行けなかった。
あそこはキレイな思い出が、思い出がキレイ過ぎて
もう一緒に行くには痛かったの。
この前、新しくキレイな思い出を作っていく人を
もう連れて行ってしまったし。

ジャズがとても優しかったよ。
ご飯を分け合うことも出来なかったよ。
何を話しても、なんだか涙が出てきそうだったよ。
いつ、切り出そうか。そんなことしか考えていなかった。
最後の食事。普段の私たちらしい時間だったと思う。

最後まで理解してくれてありがとう。
大事なことをすべて言わせてしまってごめんなさい。
苦しいときにいつも助けてくれてありがとう。
どこまでもどこまでも肯定し続けてくれてありがとう。
いつもまるごと肯定してくれてありがとう。
私には出来ないことだった。誰かにしてもらったことなかった。
だから本当に心強かったよ。

楽しかった。ありがとう。そう言ってもらって嬉しかった。
私もだよ。

私となら、理解しあうことと好き合うことが出来ると思った。
そう言ってくれてありがとう。
私もそう思っていたんだよ。

だけど、「好き合う」ことだけ変わってしまった。
今でも一番理解してくれている。
今でも一番、頼りにしている。
だけど「好き」なのが変わってしまいました。

「一旦」という言葉を聞いたとき、また嬉しかった。
こんなときでも、同じようなこと考えているんだなあ、って分かったから。
きっと同じこと考えている。別れる時でさえ。

ありがとう。
2、3年したら、また一緒に暮らせるかもしれない。
そんな淡い予感があります。

本当にありがとう。ただただありがとう。
我侭もいっぱいした。ひどい事もたくさん言った。
だけど一緒にたくさん楽しいことが出来た。
私のすること全部を肯定してくれた。
本当にありがとう。

2005年07月09日

人間としてとても尊敬できる。
私のことを一番よく理解してくれていると思う。
私に一番足りないものを、私の周りの人間の中で一番持っている。
私にいつもまっすぐぶつかってきてくれる。
自分が大事だと思うことを、私に理解してもらうために一生懸命伝えようとする。
私が一生懸命伝えようとすることを、きちんと聞いてくれる。

このすべてはきゃつにあるもの。
このすべては他の人ではきっと得られないもの。

ただ他の人にあるだろう、きゃつにないもの。
男としての魅力と恋愛感情。

これは恋か愛か、というもっとも分かりやすい対比か?
私はまさにこの岐路に立っている。
私が選ぶべきはどちらか?

悲しくても恋を選ぶか、つまらなくても愛を選ぶか。
それはやっぱり安定か自由か、に似ている。

一緒に布団に入れない相手と理解しあって暮らすか、
理解されてきってはいない相手と布団に入るか。

それよりも、きゃつが前に進めない。
ごめんなさい。

もう恋愛感情はないの。
大事にできなくなってしまった。
じっと見てあげられなくなってしまった。
話を聞くのが精一杯。

理解しあっていた安心感もいつしかなくなってきた。
これは、つまり、愛も揺らぐということ?

ただただ、そっと心の拠り所になって欲しい。
失うには惜しすぎる人だから。
自分勝手でごめんなさい。本当に、本当に・・・。
2005年06月04日

あれ?
いつの間にか彼氏が「過去の人」的になっていることに気付いた。

「休憩させて」と宣言し、彼氏がしょんぼりと大阪に帰ってから。
気付いたら私は週の半分以上、新しい男と会って、
ほぼ会うたびにしている。

きゃつは私の体が好きで、好きな人とするのはとても幸せで、
私とするのはすっごく幸せで、好きな人とでないとこんなにできない。

と、ほぼ毎回言ってくれる。

私はそれを右から左に流しているつもりだったけど、
知らないうちに少しずつ感覚の中に積もっていったみたい。
今ではそれがないと、している時落ち着かない。

彼氏は淡白で、照れ屋で、自分の性欲に関心がなくて、
ただ私が気持ちよくなることだけを求めている風があった。
それは少し寂しくて、不満でもあった。
彼氏にも気持ちよくなってもらいたいと思っていた。

新しい男は、旺盛でもないけれど自分の性欲にはきちんと目を向ける。
私が気持ちよくなることをもちろん望んでいるけれど、
プラス、自分も気持ち良いからしたい。
そうすると、「一緒にしている」という実感が生まれる。

だからついついしてしまう。

すっかり新しい男との生活に慣れて、
家の中の物も少しずつその男の影響がでてきた。

万が一彼氏が上京してきたらどう思うだろう、
一緒に布団に入ったときの私を。

とは言っても、新しい男と初めてしてしまった後から、
彼氏とは気持ち的にできなくなってしまったから、
していないのだけど。
それで十分何かが伝わっているのかもしれないけど。

すっかり、「昔の男」ふうに、思い出すだけになっちゃった。
悲しさも薄れてきちゃった。
怖い。
2005年05月21日

1年ちょっと前の自分は、本当にこの人と一緒に生きていくかもしれないと
うっすら予感しつつ、
一緒にいるあいだ、どこかで、1度くらいは、私の気持ちが離れていく時が
来るんだろうなあとも
うっすら予感していた。

目が覚めて、隣で寝ている人の顔を見て
本当に本当に、じんわりと広がっていく優しい気持ちを感じていた。
本当に本当に、愛しいなあと思っていた。
この幸せな気持ちがこれからも続いて欲しいなあと思っていた。
でもいつか必ずなくなると頭でなく心で感じていた。

お布団の中で、「むー」と言ってぐずるあなたがとても可愛かった。
天気のいい日は柔らかい光が差し込んで
その時だけ、この部屋はあまりにも綺麗な空間だった。
コーヒーの準備をするのは私。
お布団をあげて、パンを買いに行くのはあなた。
ハムとチーズがあればなお良し。
ワイドショーを見ながらのんびり食べて、
一息ついたら、あなたは研究室へ行く。

あのときの気持ちがもう自分の中にない。
そのことがあまりにもショック。
もう、あの気持ちを持てないのかな。
あなたのことを、あんな風に、愛しいと思えないのかな。

リハビリするよ。
少し時間をおいたら、またあなたのこと好きになって
愛しいと思える気がするの。
予感がするの。
私はまたあなたを愛しいと思うようになる。
そういう予感がするの。

だからそれまで、他の人と一緒に居ることにする。
あなたのことはいつでも意識の中にある。
少し離れて、他の人と過ごしてから、
少しずつリハビリする。

あなたを愛しいと思うリハビリ。
いつか必ず、あなたのことまた好きになるって
確信してるんだ。