「う、う~ん。」
何だかカラダがだるい。ゆっくりと目を開けながらベッドに起き上がった。
「琴子、大丈夫か?」
お父さんが心配そうに私の顔を見つめる。
「やっと気がついた。心配したわよ。」
お義母さんが私の肩を抱くようにして腕をやさしく擦ってくれた。
「あれ...私...確か病院にいたのに...」
家族のみんなが心配そうにベッドを取り囲んでいた。
病院で倒れた私を入江くんが家まで連れて帰ってくれたみたいだ。
「ごめんね、入江くん。変だなぁ...あ、私たち、今日小児科で沢山の患者さんを看たんです。」
「そうか。」
「患者さんが危険だ。もう病気するなよ。」
皆は笑って聞いてくれたのに、裕樹くんが入江くんそっくりの口調で意地悪を言った。
「何よぉ。」
「琴子ちゃん、みんな私たちの所為ね。無理させちゃって...ごめんなさいね。」
「そんな違います。よく寝たからもうすっかり元気です。」
「よかったわ。」
心配するお義母さんに笑いながら言うと、安心したように笑ってくれた。
みんなこそ風邪はよくなったのか心配で聞くと、みんなはもうすっかり良くなったから心配しなくていいと言った。
「ああ、そうだ。風邪薬を飲んどいた方がいい。確かまだあったぞ。ほら。」
お父さんが薬とお水の入ったコップを私に渡そうとした。
「飲むな。」
突然入江くんが言った。どうしてそんなことを言うのかわからなくて、私もみんなも入江くんを見た。
「お前、前の生理いつだった?」
「入江くん、やだ。みんなの前でそんなこと聞かないでよぉ。」
淡々とした口調で冷静に聞いてくる入江くんに、恥ずかしくてたまらなくて抗議するように言った。
「お前、妊娠してないか?」
入江くんの思い掛けない言葉にみんなで顔を見合わせる。
「妊娠?ほんと?」
お母さんがはしゃいだ声をあげた。
「そうなのか?...オメデタかぁ。」
お父さんは少しだけ確かめるように私を見て、うれしそうに笑った。
眠れない...ぐっすりと眠っている入江くんの寝顔を見つめる。
昼間の先生の言葉が頭の中で壊れたCDのようにずっと繰り返されている。何度も何度も私の心を打ちのめす。
『この病気は一種の先天性の遺伝病でね。いまのところ、完治する治療法は見つかってないんだ。』
...私...赤ちゃんができたの?
真っ青な空に白い雲が流れる。小鳥のさえずる声が聞こえる。
洗濯物がよく乾きそうなお天気のいい日だ。いつもの私ならそれだけでハミングしたくなる。
でも...私の心は重く沈んで明るい気持ちにはとてもなれそうもない。
仕事を終えて家に帰って来たのに、明るくリビングに入っていくことができなくて玄関のベンチにじっと座っていた。
どうしたらいいの...ほんとだったら大喜びしてもいいことなのに...
お義母さんが気付いて私のところに来てくれた。私が元気がないのを心配してくれる。
「どうかした?疲れた?」
「あ...ちょっとだけ。」
「大変よね。そうよね。妊娠初期はみんな疲れやすいの。頑張って。私達がついてるわ。」
手を取って励ましてくれるお義母さんに、笑顔が作れないままぎこちなく頷いた。
「そうだ。琴子ちゃんの為に美味しいチキンスープ作ってたの。もうすぐできるはずよ。早く着替えてらっしゃい。」
お義母さんがパタパタとキッチンに戻って行った。
うっ...ううっ...こらえ切れず嗚咽が漏れる。
泣いちゃダメ...そう思うのに涙が後から後から溢れて止まらなかった。
何とか泣き止んだ私は結局着替えないままキッチンを覗いた。
「ほら、できたわ。」
お義母さんの手には大きな器にたっぷりのチキンスープがよそわれていた。
「そんなに?」
「そりゃあ、たくさん食べなくっちゃ。栄養つけなくちゃね。ほらほら、いいからそこに座って。
はーい。ママどうぞ。赤ちゃんの分も栄養つけるのよ。」
「...どうも、ありがとう。」
「いいえー。お礼を言うのはこっちよ。見て見てー。このイラスト。
これから琴子ちゃんには、どんどん元気な孫を産んでもらわなくちゃならないもの。
だからもっと琴子ちゃんを大事にしないと...さぁ、飲んで。」
いつの間にか壁に飾られた沢山の子ども達に囲まれた私たち家族のイラストの前で、お義母さんがうれしそうに言った。
「お義母さん...」
「ん?」
「あの...もし、赤ちゃんが病気だったらどうする?」
私を実の娘のように可愛がってくれるお義母さん。私は恐る恐る聞いてみた。
「心配ないわよ。二人とも健康なんだし、生まれてくる子どもも元気なベビーちゃんに決まってるわよ。ねっ。」
何の疑いもなく元気な赤ちゃんが生まれてくると言うお義母さん...
「...もしもの話です。」
何も知らないお義母さんに変に思われないように言った。
「大丈夫よ。私達がずっと側についてるわ。全部面倒みるから。」
私を安心させようと当然のことのように言うお義母さん。
「でも、その面倒が一生だったら...」
「一生?」
私の言葉を繰り返しながら、お母さんが不思議そうな顔をした。
「チビただいま。出迎えご苦労。」
「おっ、いい匂いだ。」
お父さんたちが帰って来た。お義母さんの答えは聞けなかった。
もしかしたら聞けなくてよかったのかもしれない...
お父さんたちもいい匂いに誘われスープを飲みたいと言った。
キッチンに向かうお義母さんを手伝おうと立ち上がる。
「妊婦は座ってなさい。」
お義母さんが笑って私の肩をやさしく押さえるようにして座らせる。
お父さんたちも妊婦だからと労わってくれた。
お父さんが私にいいニュースがあると言って、お義父さんに話をするようにすすめた。
お義父さんが話してくれたのはパンダイが今度子ども向けのアニメを手掛けるというニュースだった。
その話を聞いたお義母さんは孫の年齢に合わせてアニメを作ればいいと言った。
お義父さんも孫を3Dアニメの主人公にするのもいいなぁと言い始めた。
お父さんはその主人公のおじいさんを料理人という設定にしたらどうかと言い出した。
楽しそうに孫の話で盛り上がるお父さん達...みんなが私の妊娠を心から喜んでくれている。
私だけが...お母さんになる私だけが...一緒になって話をすることも...笑うことさえできなかった。
~To be continued~