巫女に導かれて、俺たち、オヤジとオフクロ、お義父さん、裕樹の順に入場した。
斎主と共に、全員で神前に向かって一礼をする。
斎主がご弊を振り、清めのお祓いをする修祓の儀を行い、祝詞奏上で斎主が俺たちの結婚を神様に報告をする。
竜笛が越天楽を奏で始める。篳篥(ひちりき)と笙の音色が重なる。
厳かな雰囲気の中、三献の儀が始まる。
順に小杯、中杯、大杯で、注がれた神酒を三回に分けて飲む。いわゆる三々九度だ。
横目で琴子を見ると綿帽子で表情は見えないが、杯を持つ指先が震えていた。
いよいよ誓詞奏上だ。緊張はないがさすがに身の引き締まる思いがする。
「誓詞...大社の大前に申し上げます。私等(たち)は大神の御心によって結ばれ、ここに結婚式を行います。
これから後は、神誡(かみのおしえ)を守り、互いに愛し合い、苦楽を共にして、明るい家庭を築き、世のため人のために尽くします。謹んで誓詞を捧げて幾久しい御守護(おまもり)をお願い申し上げます―――
入江くんが和紙に書かれた誓詞を読んでいる。大好きな低い声が胸に響く。
新入生代表として挨拶をしていた入江くんを思い出した。
背筋を伸ばし堂々と胸を張る凛々しい姿は、ひと目で恋に落ちたあの日に重なる。あれから7年...
制服が一番似合っていた入江くんは落ち着いた大人の雰囲気を漂わせ、黒の紋付袴姿がうっとりするほど素敵だ。
そんな入江くんの隣に私がいるなんて...入江くんの誓いの詞(ことば)を深く心に刻み込む。
――入江直樹」
「 . . . 琴子」
入江くんに続いて自分の名前を言った。
本当に奥さんになったんだなってすごく実感する。
感激で涙が込み上げてくる。
俺に続いて自分の名前を告げた琴子の声が微かに震えていた。
琴子はきっと涙を堪えているのだろう。
琴子の気持ちもわかる。俺も夫婦になったことを実感してグッとくるものがあった。
指輪の交換をする。琴子の小さな手をとり、薬指に指輪を嵌めた。
今度は琴子が俺の左手をとる。震える指で指輪を嵌めようとするがなかなか上手く嵌らない。
琴子が助けを求めるように俺を見上げる。大丈夫だから...目で伝える。琴子が小さく頷く。
指の震えが少し治まった。何とかしっかり指輪を嵌めることができた。
琴子ができたよと、ほっとしたように俺を見上げる。よかったな...目を細める。琴子が小さく微笑んだ。
二人で神前に進み、玉串を捧げ、二礼二拍手一礼をする。
オヤジとお義父さんも親族を代表して玉串を捧げ、二礼二拍手一礼をした。
親族固めの杯の儀式が始まる。新郎新婦と両家の親族に神酒が注がれる。
両家の親族と言っても、オヤジとオフクロ、お義父さん、そして裕樹。たったそれだけだ。
披露宴に比べ余りにもささやかな内輪だけの結婚式...俺が望んだことだ。
俺も琴子も親戚が遠くに住んでいて、披露宴から出席してもらった方がゆっくり上京してもらえるという利点もある。
だが何よりも、二人と両家の縁を結ぶという意味を持つこの儀式を、5年近く家族同然に暮らしてきたこの顔触れだけで行いたかった。俺の意志を聞いて、オヤジもお義父さんも賛成してくれた。
「おめでとうございます」の声と共に全員で神酒を飲み干す...俺たちは正真正銘の家族になった。
斎主と一同が神前に拝礼し、祝いのあいさつの後、入場した時と同じように俺と琴子から順に退場した。
式場を出た途端、琴子がほぅーと溜息をついた。思わず頬が緩む。
「大丈夫か?相当緊張してたな。」
「そりゃあ、緊張するよ。まだ手が震えてる。」
「貸してみろ。」
言いながら琴子の手をとった。震えを止めるように指先を握り親指でそっと撫でる。
左手の薬指にはφ(永遠)が刻まれた指輪が静かに輝く。
「ありがとう...入江くんは余裕だね。誓いの詞もすごくカッコよかった。」
「トーゼン。」
しみじみと言う琴子に笑いながら言った。
本当は別に余裕って訳じゃない。けど、やっとこの日を迎えられたのに、緊張してる場合じゃないだろ。
1年4ヶ月は思ったよりも長かった。自分で言った言葉に首を絞められる思いになったことも何度もある。
だけど後悔はしていない。琴子の卒業を待ってよかったと思う。
あのままオフクロの企みに乗って勢いに任せるように結婚していたら気付かなかった。
自分の中に嫉妬という醜い感情があることも...言葉にして思いを伝えることの大切さも...
自分がどんなに琴子を必要とし、愛しているかということも...
「写場で記念写真の撮影をします。」
全員で写場に向かう。俺たちが先にスタジオに入った。
二人並んで言われるままポーズをとる。写真は嫌いだが今日ばかりは仕方ない。
ニコニコ笑ってはいられないだろうが、気乗りしない披露宴もどうにかやり過ごそうと思う。
一生に一度のことだ。琴子の望みを叶えてやるのも悪くない。
オフクロの思い通りにさせるつもりはないけどな...俺は琴子から説明を聞いた時、引っかかるものがあった。
時間を作ってホテルに出向き、会場で流す予定の『二人の軌跡』を借りて帰った。確認した俺はワナワナと震えた。
オフクロはあろうことか、俺の封印している黒歴史を白日の元に晒そうとしていた。
何が悲しくて会社関係の面識もない招待客にまで笑い者にされなきゃならないんだ。
俺は速攻でその部分を編集し、何食わぬ顔で担当者に返却した。オフクロの驚く顔を想像して俺はほくそ笑んだ。
「花嫁様、ちょっと堅いですねぇ。肩の力を抜いて...深呼吸してみましょうか?」
カメラマンの声に我に返る。琴子は緊張でガチガチだ。
もう少し手を上に、左肩を少し前に...細かいカメラマンの指示で混乱もしている。
カメラマンもお手上げ状態だ。俺はふと思いついて琴子の耳元で囁いた。
「なぁ...教えてよ...『ヘイらっしゃい』っていう、大声の出し方をさあ。」
一瞬きょとんとする琴子。緊張していた顔が綻ぶ。
「もぉ...入江くんたら。」
フラッシュが光った。
ニヤリと笑う俺...ふわりと咲(わら)う琴子...見つめ合う俺たち。
その写真は俺たちのお気に入りとして、ずっとベッドサイドに飾られることになった。
~See You Next Time~