「どんどん食ってがんばってもらわんとね。」
「明日はがんばってくれ、直樹。カンパーイ。」
明日はセンター試験。おじさんが、俺の激励会を自分の店で開いてくれた。
...ほんとはセンター試験も受けたくない。T大だって行きたくない。
でも、先生達がそうはさせてくれないし、親父だって自分の母校であるT大に行って、会社を継いで欲しいみたいだ...
この店で修行して料理人になり、琴子と結婚すると言って乱入してきた金之助に触発されて、
俺に料理人になれと言い出すオフクロ...いい加減にしてくれっ、もうたくさんだっ...心の中で毒づいていた。
「もうたくさん!!みんな勝手なことばっかり言って...私と入江くんの気持ちは?」
「大丈夫か。琴子、どこ行くんだ。」
「お父さん離して...入江くんだって、自分で将来を決めたいはずよ。料理人とか..大学とか..
入江くんの意見を尊重したらどうなの?知らないだろうけど、入江くんだって...悩んでるんだから。」
琴子は俺の隣りに座った。俺の頬に手をあてて、俺を見つめながら琴子は言った。
「すっごく、すっごく悩んでるんだから...だから、みんな...」
...なに言ってんだよ...なんで俺の気持ち、お前がわかってんだよ...「あた...私ほんとうはね。」
帰りの車の中..突然、裕樹にすがりつく琴子。俺みたいに強くもないくせに、飲みすぎなんだよ..酒グセ悪いし。
「本当はれ、T大なんか行ってほしくないんらから。」
「ぼ、僕はまだ小学生だぞ。」
「ほんとは。ほんとは。あと4年間、同じ大学に行きたいんらもん。
でも、やっぱり、入江くんの頭脳は、みんなの役に立てなきゃらめらし...私つらいれす。つ、つらい...」
...涙ぐんでいる琴子...俺と一緒にいたくても、お前は俺の将来を考えるんだな...
「うっ。きぼちわる...はく...ゲーーー。」
「ぎゃーーーっ。ママーッ。ママーッ。ぎゃぁぁぁぁぁぁ。」
1月12日センター試験当日...朝からひどい雪だった。
「ゴホッゴホッ。」
「あら、いやだ。風邪ひーたの?お兄ちゃん。」
「昨日、裕樹がずっとうなされてて寝れなかったんだ。で、本読んでたら...」
「こわい夢でも見たのかな...やっぱり子どもねぇ。」
「「........」」
「あら、やだ。熱も少しあるわよ。」
「あっ!待ってて。これすっごく風邪によく効く薬なの。私、いっつもこれで治すの。早く飲んで。」
「ごくっ...はっ!...おい。まさかと思うけど、この薬...眠くなんないだろうな。」
「えっ?!ち..ちょっと待って...あっ。服用後は自動車の運転はさけて...」
「.........」
「ど...どうしよーっ。は...吐いて!吐いて!!」
「もーいい。真に受けた俺が悪かった。」
「さっ、お兄ちゃん。早めに出なさい。今日は大雪だから電車が心配よ。」
「あぁ。」
「私も一緒に駅まで行くっ。」
「....〈なんとなく嫌な予感〉...」
「す、すごい雪。す、すべんないよーにしなきゃ...きゃーっ。すべったわーっ。」
「じゃあな。」
「あ、あのね、入江くん。こ、これ、あんまり役に立たないかもしれないけど、受験のお守りなんだ。
一生懸命お祈りしながら作ったの。一緒にもってってくれるかな。」
「...俺にT大行ってほしくないんだろ。」
「えーっ。そんなこといつ言った?私はそんなこと思ってないわ。きっとご利益あるよ。そうだ!かばんにつけとくね。」
「お、おい。やめろよ。」
「おい、入江ーっ。はやくーっ。」
「あぁ。」
「おっ。朝から仲いいね。ヒュ~♪」
「そ、そんな。あっ、受験がんばってください。」
「渡辺、早く行こーぜ。」
「がんばってねーっ!!」
「いやー。面白い子だなー。前から思ってたけど。そのお守り、彼女が作ってくれたんだろ。」
「...会場着いたら捨てる。」
「そんな、かわいそーな。かわいいじゃん、彼女。おれ、結構好みだけどな。」
「.......」
「しっかし、この雪なんとかなんないかな。大幅に電車遅れて、会場に着くの、ギリギリだよな。やっべーよ。」
「この次だよな、降りる駅。」
「あぁ...」
「んっ?どうした??」
「...カバンが動かない。」
「えっ?げげっ...おい。お、お守りがドアに...降りるドア反対側だぜ。」
「...引きちぎる。」
「い、いいのか?」
「いいっ!!くっ。な、なんだ。」
「おいっ。ビクともしてないぞ。なんて頑丈なんだ。おいおい。着いちゃったぜ。どーするどーする。」
「渡辺、先に降りて行っとけ。俺は早めに何とかするから。」
...アイツ...余計なものを...
俺は二駅先まで行く羽目になり、風邪気味なのに必死で走った...ギリギリで間に合った。
...縁起の悪いお守りを外そうとした。あっさり取れたお守りは階段に落ちた。拾おうと俺が手を伸ばしたその時、
ドンッ
「うわっ。」
「ひっ。い..い..入江ーっ。」
「人が階段から落ちたぞーっ。大変だーっ。」
..残り20分で最初の科目を受けた。受験票を取り出すと注意された..??..『がんばっ♪』..アイツの似顔絵。
...あ、あのやろうー...いつの間に...
ポキッ。カチカチカチ。ポキッ...さっきの衝撃で折れまくるシャーペンの芯...もうダメだ...本当に落ちた...
「あの...お貸ししますよ。」
「え。あ...どうも。」
『はい。やめて。』
「お、おいっ、入江。聞くのも悪いけど...どうだった?」
「...問題ほとんど見ずに、想像で答え書いた。売店でペン買ってくる。」
「あのお守り...なくなったんだろ?これで災いも終わったよ。」
「そう信じたいね。」
2限目数学...
「........」
今頃になって薬の眠気が...問題が二重に見える...
最悪だな...お守りはないのに、災いはまだまだ続いているようだ。
「た、大変だったな。ま、おまえはこんなアクシデントがあって、ちょーど普通の人くらいだよ。」
「........」
「あっ、あなた。足怪我した人。」
「あぁ、保健室の...先程はどうも。」
「多分ヒビが入ってると思うから、ちゃんと病院で手当してもらってね。大変だったわね。ああそれから...
落ちてたお守り、さっき胸ポケットに入れておいたわ。探してるんじゃないかと...手作りだったから。いーわね。」
「...おれ、おまえとあの娘は一生一緒にいるような気がする...」
「や、やめろっ!!」
「お兄ちゃんが帰ってきたわよっ。お疲れさま。どうだったの試験は...きゃーっ。どうしたのその姿。」
「入江くん。ひどい。どうしてどうしてそんなことに。」
「大丈夫なの、お兄ちゃん?」
「どーして、あのお守り効かなかったのかしら。あっ。お勉強のお守りだったからなー。」
ビクッ...「だっ...誰のせいで...」
「えっ。」
「...もぉ、いいっ。寝るっ。」
「荒れてるわねー、お兄ちゃん。」
「でも、入江くんに失敗はないハズですもん。」
そして、結果発表...5教科1000点満点中996点...
「俺って...本当に天才かもしれない。」
「もー今さらわかってるよぉ。念押さなくってもぉ。」
「今日はお祝いしなきゃね。腕をふるうわよーっ。」
よかった本当に...あのお守りもちょっとは役に立ったかも...私の好きな人は本当にカッコいいんだ...
...暢気にそう思ってた...渡辺君に教えてもらうまで、何にも知らなかった...入江くん...ごめんなさい..
あのお守りのせいで入江くんが悲惨な目にあってたなんて...何もかも私のせいだ...本当にごめんなさい。
お祝いの席で何も知らないおばさんが、私のお守りのおかげだって...一番喜んでるのは私だって...
「直樹くんに、私..私..迷惑ばかりかけちゃって...ぜ、全然私なんて、私..あっ、裏のビール運んできます。」
うっ...ひっく...ううっ...
「泣いてんの?」
「うっううん。えっと、まさか...」
「渡辺から聞いたんだって。」
「あ...私って、入江くんにとって、何かとんでもない人間かもしれない...私って疫病神なのかも。」
「そうかもな。ほんとにお前といて、いいことってあったためしがないね。俺のペースがいつもメチャメチャにされて。
学校では噂立てられるし、勉強は教えさせられるし、しまいには受験にまで害がくる。」
...そうよね。たしかにそうだわ。あ..私って...最悪。
「だけど、結構面白かった。」
えっ...
「今から思うとだけど、こんなハラハラした事は生まれて初めてのような気がする。
試験の結果が怖かったのも初めてだ。お前は俺にすごい体験させてくれたのかもな。
そう思うと、まっ...あのお守りもまんざら役立たずでもなかったのかもな。違う意味でね。」
「琴子ちゃん。お兄ちゃん。あっ、いたいた。なーに?お兄ちゃん、また琴子ちゃんいじめてたんじゃないでしょうね。」
「そーだよ。」
「あのね。カラオケ、次は二人でデュエットで歌ってもらおーって。」
「だ、誰が歌うって...」
「あたし..歌ってもいいな..」
「い、今、泣いてたヤツが...ったく...」
入江くん..いっぱい迷惑かけちゃったのに...なぐさめてくれて...ありがとう。
~To be continued~