宮菜穂子オフィシャルブログ「菜時記」Powered by Ameba -1857ページ目

温・志村けん。

「志村魂3」@銀河劇場のゲネプロを観劇。




ドリフターズ全盛期に育った私ですが、

我が家はドリフ禁止。

もっと言えば、民放禁止。


でも、かぎっ子の私、テレビつけちゃいます。

すると、なぜか、メリーポピンズかマイフェアレディしか見れない。

毎日毎日、その二つを繰り返しみてました。

ある日、画面はオズの魔法使いになっていたり、

オーケストラの少女になっていたり。

で、夜に両親と一緒にドキュメンタリーや旅番組、ニュースをみる。

NHKの世界わが心の旅、みてました。


でも、子供だから、違いがわかりません。

ポピンズさんやヒギンズさん、ブリキやカカシさんは、

普通にニュースに出てくる人と同じ世界の人だと信じてました。


テレビというのは、なにか、特別な箱、メカ、という認識。

それが同時性をもって、国内を、世界の映像を伝えるモノだ、

という認識の薄い幼少。

ビデオという機械は、それが、録画された映像を映すもの、

という認識のない幼少。

ロンドンのミュージカルもMGMの映画も、寅さんも、映画、という

枠で創られたものである、という認識のない幼少。

距離感覚を著しく欠いた子供です。


テレビには番組があり、番組には種類があること、

報道、生中継、バラエティ、ドラマ。

映画は人の手で作られたファンタジーやフィクションであること、

普通の生活では急に歌いだしたりしないこと、

だんだん気づいたのですが、卒倒しそうでした。

いままでみてきたものがうまく処理できない、

うまくそのジャンルごとに整理されない状態でした。


こどもってつくづく不思議です。

テレビって不思議です。


ドリフ禁止、されど世の中は8時は家族の集合時間。

翌日の学校の話題はたくさんのドリフで溢れてた・・・

と思うのだけど、まったく知らずでありました。


あの時いつも見ていたら・・・・

8時だよ全員集合していたら・・・

もう少し早くテレビの不思議が解けたかも。

もう少し早く現実性を帯びた思考回路になったかも。

いえ、いいのです。


今日ナマで志村けん氏を見ることができたから。

劇場は小さな子から大人までいっぱいでした。

劇場中温かい笑いに包まれとりました。


人を笑わせるには、確かな芸がなければ。

あらゆる人に確実に化けられる腕がなければ。

志村けんてすごいんだ。


あ、エノケンさんのビデオかりてこよう。

あの確かな肉体と声と意思の明確さの天才。

リアルだからこそ、笑えるんだって。

その場だけではない笑い。

心の温まりを感じる笑い。

日常の延長の笑い。