ガンの闘病記を読んでいる | 現在と未来の狭間

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文芸と自転車、それに映画や家族のこと、ときどき人工透析のことを書きます。

なかなか落ち着いて本を読む時間が取れないが、電車での移動の間と会社の昼休みに本を読んでいる。

今読んでいるのは『遺すことば 作家たちのがん闘病記』

作家ということもあって病気との向き合い方が半端ないのである。がんになったことを書かねばと思い、それを言葉に起こしていく。単に闘病記を書くということにとどまらず、小説のテーマにしていく。書くことを職業としているということは、我々とはまた違っている。

闘病できついときはしっかりと仕事を休み、治療や症状が安定してくると書く作業に入る。闘病はイコール書く材料収集である。

自分が若かった時はこうした闘病記が読めなかった。自分自身の病気に対する不安が増してくるという感じがあった。今は色々と読み重ねてきたからか、単に年齢的に受け入れられるようになったからかのどちらかだろう。

病気は違っても闘病記を読むと、その人その人の向き合い方があって新しい発見がある。病気との向き合い方や気持ちの維持の仕方など参考になるし、違う症状でも同じように感じることもある。

がんはやはり死と向き合うことが1番大きい。残された時間をどう過ごすか。何を誰に残し、何をどう処分するか。透析を受けるということでも同じような瞬間や局面があると思う。

読みながら自分が腎臓がん(結果がんではなかったのだが)の手術を受けるまでのことを思い出していた。あの時は自分のこと、家族のことと色々と大変だったのだが、結果がんではなかったことから気持ちの変化は大きかった。落胆から安堵へとの向かい方が急激だったように思う。透析での体調を取り戻していく気持ちの変化にも似ていたように思う。

2回生き延びたということで、生きることと、仕事を与えられたことで生き方が決まったように思う。この時にもし2度とも失意に暮れていたら今のようには生きていない。これから先も何かしらの失望や途方にくれるようなことはあると思う。その時も同じような気持ちでいられたら良いだろう。

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