芭蕉が見た風景とそれを俳句にした時の心境に近づこうと、思いを馳せる。
先日岐阜県養老町を走行中に芭蕉句碑を発見し、新年早々縁起がいいと一人テンション高くiPhoneを構えた瞬間、歳のせいか手が滑り真下の側溝に落下した。
この冬場にも関わらず、水の都美濃・清流の里養老大垣にはキレイな水が清らかに水深5センチ程の水量で流れていた。
iPhoneはザブンと水に浸かり脳がフリーズした為おそらく1秒くらいは経っただろうか。
すぐに拾い上げたが、終わった…やってしまった…の念が頭を支配する。まだ購入から1年経ってないのに…(泣)
実は以前初代iPhoneを海に落としたことがあり、さすがに2回目は奥様も穏やかでないられないだろうと思いつつ、とにかく水を落としハンカチで拭くと画面は消えてない。つまり何もなかったかのように、そのままの状態で手のひらに存在している。
こういう時は人間変なもので、喜びよりも先に疑いの心が起こる。
どうせ壊れてるんだろ〜、さすがに何もないってことはないよね〜、って。
しかし本当に何事もなく使える!
キセキセキ・奇跡・奇蹟
いや〜、Apple社さんのモノづくり精神を見せつけられた。言葉では感謝の気持ちが伝えられない。