なぜそれを今書きたくなったのか、それはへうげものの新刊を読んだから。
へうげものの主人公・古田織部(1543-1615)の言う数寄者で、美の探究心が旺盛な姿が描かれている。
しかし知名度の高さと後世への影響度からするとその生涯は謎に包まれている。
数多い作品履歴及び製作年、角倉素庵等親交の深い人物から1570年前後の生まれと推定される。
その事績は言うに及ばず、三件の国宝をはじめ多くの作品が重要文化財に指定されている。
作品以外に遺したのは弟子で工房を継いだ宗雪(生没年不詳)とこの墓であった。
加賀前田家菩提寺の宝円寺(1583年に加賀藩祖・前田利家1539-1599により創建)で大正12年に墓石が発見され、謎に包まれた生涯の最期が明らかになった。
五輪塔と平成18年に宗達会が建てた碑文
秀吉亡き後の慶長4年(1599)、家康の専横を諌める為に利家が家康の伏見邸を訪問する前に、死を覚悟して自画像と切った髪を納めた御影堂と御髪堂を見る為に行った宝円寺で、素敵な出会いがあった。
やはり何事も現場に行って見なければわからない。


