こんばんは、ぞろり です。
最近ケータイいじるのは
決まってこの時間

夜遅くの更新ですみません。
先日、3.11。
沢山の方が亡くなられて
沢山の方が心を痛めたあの日から、10年。
当時、勤務先の動物病院から
昼休み中に帰宅してご飯食べて
あの日も確か手芸して
我が家の愛犬のお世話をして
昼寝して起きたら
津波の映像が流れていた。
ドラマか映画の話か何かかと思った。
あまりにも、現実離れしすぎていた。
あまりにも、遠い場所での出来事で
テレビの中の出来事だった。
先日の3.11の、日付が変わった頃に流れてた
千葉雄大くんが出てたドラマ。
流れてたから、たまたま見てた。
題名も知らない。
震災で家族を亡くした男性の話だった。
…まだあの時は
家族を亡くすってことが
他人事だった。
『怖いな、気の毒だな…』
とはもちろん思ったけど
その言葉すら不釣り合いというか
軽々しく口にしていいものじゃなかった事
当時はわからなかった。
ドラマの中で
『なんで俺だけ生き残ったんだろう』
『俺も一緒に死にたかった』
『もう8年も経つのに、全然前向けてない』
と涙を流す千葉くん。
なんであの時…。
俺だけ幸せになるわけにはいかない。
って。
周りはどんどん元気になっていって
置いていかれてる気がして
それでも『いい加減元前向きなよ』
って言われるから
無理して笑って明るく振る舞ってて。
そんな彼は不思議な体験をした。
震災で亡くなった人達が
元気で楽しく明るく過ごしていて
生きてる人を見守ってたり
亡くした人に宛てて出した手紙を
読んでくれてたり
大切な家族や村の人達が
『あの時』以前のように変わらず
当たり前のように日々過ごしている。
あの世とこの世が繋がった不思議な世界で
亡くした大切な人達と話をしていた。
彼がドラマの中で
『あの時俺が一緒に連れて行ってたら』
と悔やんでいた
当時亡くした弟と話をしていて…
『兄ちゃんが幸せに生きて行ってくれないと
俺たちは死んでも死に切れない』
と言われてた。
なんかもう、涙でそれ以上見れなくて
テレビを消して
写真の燿くんの頭を撫でました。
ドラマの中の千葉くんは
家族5人と愛犬も行方不明のまま
という設定だったけど
何人亡くしたとか
誰を亡くしたとか
比べられるものじゃない。
大切な誰かをを亡くすということは
それだけ辛いって事
『大変だったね、辛かったね』
そんな言葉では到底片付けられない事
今では良くわかってるつもりだ。
あの日、あの時
辛い思い、怖い思いをした人達が
数え切れないほど沢山いた事
まだ見つかってないままの方も
たくさんいらっしゃる事
心が痛い。
でもドラマの中で千葉くんが体験した
あの不思議な世界みたいに
変わらず…元気に笑って過ごしていて
震災とは全然関係ないけど
燿くんも、元気に大きくなって
走り回ったりして
お空でできた沢山の友達と
笑っておしゃべりしたりてして
そんな世界があるといいなぁ。
って。
ドラマの中の設定って
わかってはいるつもりだけど。
この前
死んだのが私だったらよかった
なんて言ったから
燿くんは悲しかったかな
心配しただろうな。
亡くしてから3年。
前は向いて生きてるつもりだ。
でも私のせいだって想いも
あの子じゃなく私が死んでたらって想いも
ずっと残っていて
ふとした時に出てくる。
でもきっと燿くんを悲しませるから
『あの時死んだのが私だったらよかった』
って言うのはもうやめよう。
うん。やめる。
最後に
3.11の日にあったドラマを見たってだけで
引き合いに出すには
軽々しかったかもしれないけれど
当たり障りのない言葉しか
見当たらないけれど
3.11で亡くなられた沢山の方々の
ご冥福をお祈りいたします。
また、まだ見つかっていない方々が
早くみつかりますように。
大切な誰かを亡くされた哀しみ
怪我をされたりした方々
津波や地震の恐怖などに
今も苦しんでおられる方々が
笑顔でいられる時間が
少しずつでも増えていきますように。
心よりお祈り致します。