
誰が期待しているの!?
こんばんは〜!
松岡 なおです
いよいよ子供も
新学期が始まり、
新しいクラスに
新しい先生と期待とワクワクで
ソワソワしてました
今日は先日この記事で、
私が頑張っていたのは両親の期待に
応えようとしていたら、
それが癖になってしまった
記事を書いておりました↓↓↓
そうしたら、
タイムリーに根本師匠が
『期待』について記事を書かれていて、
それがグサグサささりました
期待されるとなぜ嫌なの?
師匠も元記事はこちらです↓↓↓
この記事にあるように、
『期待』って人によったら
嬉しいもののはずなんですよね
なのに、『期待』されると
何で嫌なのか
ここにはこんな気持はないでしょうか?
期待されてできなかったらどうしよう
この程度とか思うわれるのが嫌
完璧にしなきゃだめだ
これ、
よく私が思うことなんです
それも無意識に。
こんな風に思ったら、
確かに期待されると嫌ですよね。
誰が誰に期待しているのか?
さてさて。
期待された時に
ふと思うこの声は誰なんでしょう
そう自分なんですね。
誰かに何か言われた訳じゃないんです。
自分が勝手にそう思うんですね。
師匠のブログでは、
これは『ファンタジー』であって、
現実ではないと書かれておりました。
これってある意味、
「なおさんに頼んで良かった」
こう言ってもらえることを
自分が期待してるんです。
それでもし、
期待していた通りでなかった時に
勝手に傷つくわけなんです。
でもこれって
褒めてもらいたい
良い人って思われたい
すごく『他人軸』な状態なんです
期待された時はどうする??
『他人軸』な状態で
人に称賛を期待すると
見事に裏切られた時に
傷つきます。
じゃあどうしたらいいのか
師匠がブログにかかれていますが、
期待は
『おいしくいただく』塩梅で
止めておくこと。
期待されてありがたいけど、
その塩梅は自分で決める
これですね
まさに『自分軸』です
私の場合、
両親の期待に応えたい気持ちから
ずっと他人軸で期待に
応え続けてきました。
それがいつのまにか
癖になってしまい
誰かの期待にいつも応えていたんですね。
だからいつもものすごい
1つ1つがプレッシャーだったんです
最近までずっとやり続けていましたが、
体調が悪くなって、
思うように期待に応えられなくなった時、
ようやくこれに気が付きました。
『期待』自体は悪くないんですね。
それ自体は嬉しい。
でも自分が自分を過度に期待して
追い込んでいたんです
でも、自分で
「今自分ができるのはここまで」
「今の自分にできることだけベストを尽くす。」
「どこまでやるかは自分で決める。」
こうやって思えたら
すごく楽ですよね
本当にどこまで行っても
『自分軸』
これにつきます。
皆さんも、もし自分が
誰かの期待に応えようとして
そこに嫌な思いがでてきたら。
「自分で決める。」
そして、『今』に集中すること
これを心がけてみてください。
きっと少し楽になれると思います
松岡 なおでした。