
選択肢をもとう
こんにちは〜!
松岡 なおです
最近お弟子講座や
先輩のカウンセリングを
受ける中で。
自分が何に苦しくなるのかの
パターンがみえてきました。
今日はそれについて
書いてみようと思います
優等生には選択肢がない??
いきなり今日は
結論になるのですが
私には
選択肢がないんです。
以前、この記事でもにたようなことを
書いたのですが。
この記事では、
「良い子」でブラックが出せない私
「頑張ること」しか選択肢がない私
この点について
書いてみました。
だが、
気づいてしまったんです
私には
選択肢がないのは上の2つだけでは
なかったことに
私の頭の中は基本
「0か100か思考」
「完璧主義」
昔に比べたら
だいぶましになったのですが。
これが根強く残っています。
だからこそ、
ひたすら頑張り続ける
休んだらそこで試合終了な
気がする
うまく休めない
こんなことになって
しまうわけです
仮面の押し付けしていませんか?
突然ですが、
皆さんは、
「本当の自分はこれじゃない」
と思うことありませんか
こう思うと、
私の武闘派魂がもえる。
そして、こうなると
何が何でも本当の自分を
周りに受け入れさせたくなるんです。
最近まで、
「何で私の内側を見てくれないの??」
「ちゃんと私の内側を見て!!ほらほら!!」
と、押し売りをしていることに気が付きました
最近、
「選択肢」をもつ
この言葉をずっと考えていました。
「良い子」の私
「ブラック」な私
「頑張りすぎる」私
これだけでもすでに
3タイプの私が存在しています。
他にも。
「職場」での私
「彼」といる時の私
「お母さん」としての私
「友人」といる時の私
こんな感じで一概に私と言っても。
私にはたくさんの
「仮面」があるんです。
なのに、
何が何でも
「この仮面の私」を
周りにわからせたい。
これをしているんです。
簡単にいうと、
例えば
職場にいるときは
私は「お母さん」ではありません。
なのに、
職場で
「お母さん」の仮面をつけて、
「私はお母さんよ!わかって!」
とそれを職場でしても
皆困ってしまう訳です。
マナーにTPOがあるように、
その場その場で
私たちは”いろいろな私”を無意識に
使い分けています。
だから、いろんな仮面をもった
私がいるのに。
この環境ではこの仮面がいい!!と
TPOにあっていない場所で
その仮面を無理やりつけて
「何で皆わかってくれないの!?」
と嘆いたということです
冷静に考えたら、
仮面と環境が合っていないと、
それは理解してもらえない
それが苦しさの原因になっているんです。
でもこれ、意外と
無意識にいろいろやってること
多いんじゃないかなと
個人的には思います。
そこには
いろんな私がいても良い
これが許可できていないんです。
この私は◎
この私は✕
自分で自分の選り好みがあり、
まるっと認めていないということです。
だから、
環境が違うところで
こっちの私は✕だから
こっちの仮面の私でお願いします
こういうことが
発生しているんです
どんな私も全部私
これを認めることが
ものすごく大事なんだということに
気が付きました。
これを認められたら、
自分がすごく楽になるような
気がしています。
皆さんもドキッとしたら、
どんな私も私だと認めてあげてくださいね
今日はここまで。
松岡 なおでした。