この世は矛盾だらけ?? | なんとなくシルビア栗捨てる

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癌で妻を亡くしたやもめが、日々の心境を正直に吐露し、打開策を考えるブログ

死というものに対する考え方なんだけど。
お墓だって、庶民が墓に入るなんて、江戸時代初期の檀家制度が出来てからとか、〇〇家の墓なんて言うのは明治時代以降とか調べたら書いてあった。
よく、お墓を掃除しないと先祖が祟るとか色々言うけど、江戸以前の先祖って、墓なんて持ってなかったし、土葬でしょ?
誰に祟ったんだろうね? 祟られた方だってそんな概念が無いからね。
 
で、最近は跡継ぎが居ないから、お墓仕舞いとか。。祟る相手もいないんじゃ先祖も辛かろうにね。繁栄しなかったのは連帯責任でご先祖様も罰でも当たるのか?
 
それに、最近じゃ亡くなって、焼き場が混んでると、夏なんて、ドライアイスどんどん持ってきて冷やすでしょ? 氷地獄みたいで、結局焼き場に行ったら、今度は灼熱地獄みたいな感じだけど、よかれと思ってやっているでしょ?
本当は、なにしたって痛くもかゆくも、楽しくも恨めしくも無いんだと思う。
最近じゃ、都心にレンタルボックスみたいな墓地?が出来て、パーキングみたいに運ばれて来たり。
花も造花だったり、ろうそくもLEDなんだから、当然お経もテープだったりで、本当に供養になるのか?
そもそも、供養して死んだ人が喜んでいるのかいないのかだって定かではないでしょ?
何が言いたいのかって言うと、じゃあ、この悲しみは何に対して悲しんでいるんだろうって思う。
やっぱり、天国で安らかにしてるかな?とか心配したり、俺が死んだらまた天国で会えるかな?とか。
落ち着いて考えると、全く根拠のない事だらけなんだけど。。
あの世とか、天国とか地獄とか。。だから、色んな人がいろんなことを言って騙したりできるんだと思う。そろそろ決着をつけてほしいよ。
 
そっちの方面は、他の優秀な人にお願いするとして、小生は悔やんでばかりからの脱却方法を研究するのである。
たまに地獄は見ることはあるが・・・・