なんとなくシルビア栗捨てる

なんとなくシルビア栗捨てる

癌で妻を亡くしたやもめが、日々の心境を正直に吐露し、打開策を考えるブログ


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寒中お見舞い申し上げます。

昨年七回忌を終え、ようやくですが心境の変化が有りました。

女房が使っていた手帳と携帯電話を見てみました。

ここまで来るのに6年の歳月がかかりましたが・・・・・。

 

今の生活が本当の生活で、結婚生活は夢ではないかと思うぐらい遠い現実になったという事なのかもしれません。

手帳の最後には、必ず小生のワイシャツのサイズが書いてあり、闘病中の手帳は、さながら闘病記で、薬の副作用で気分が悪いとか、心が折れたとか、夜中中小生が背中をさすっていたことへの感謝とかが書かれていました。

 

初めて知る女房の気持ちも沢山ありました。

それまでは、自分がどんなに寂しいかや、自分の感情だけで物事を見ていたんだなと、つくづく思いました。

進歩したのだろうと思いますが、基本的に気持ちは変わらないというのも本当のところです。

 

どうにかしなくてはと研究をしていましたが、研究の成果というよりは、憑き物が落ちたという感じでしょうか。。

自分でもよくわかりませんが、七回忌というのも大きかったのかも知れません。三回忌の時は絶望の淵を彷徨うような感じでしたから。

時薬とはよく言ったもので、時間が全て解決してくれるのかも知れません。

どんなに苦しい思いでも、最期は死というゴールが待っているのだろうと・・・。

ただ、死んだ後に、魂が生き続けるとしたら、さらなる研究が必要ですが、小生には霊感とか無いので、自力では無理かなと。

人の受け売りを書くつもりも無いから。

 

とにかく今年も研究は続けようと思います。


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色んなことが人生で起きる時、このタイミングなのか?

どうしてこのタイミングなのか?

今がベストなタイミングなのか?

と、色々考えたり、やっぱりだとか腑に落ちたりする時がある。

 

今回は、来る時が来ているのかな?というぐらいのタイミングなのかもしれない。

特に大きな感動も無いから、案外本命なのかも。

今年で七回忌だったので、かみさんの手帳を見てみる気になり読んでみた。

癌がわかった年の2010年の手帳は、闘病記そのもので、毎日の体の痛みや、死に対する恐怖が書かれていた。

小生には弱音は吐かなかったし、小生も絶対に治すんだという気持ちで接していたから、本人が死とかを恐れていたなんて、当時は思いもよらなかったかな。。

手帳の最期には、どの手帳にも、小生のワイシャツのサイズが書いてあった。

闘病中の手帳には、小生が一晩中背中をさすってくれてありがたかったとか、結構書いてあった。

まあ、ここまで来るのに年もかかったわけです。

そして、この前の日曜日に、掃除をしていたら、付き合い初めのころ、小生がインドにひと月以上旅行に行った間に書いていた日記が見つかった。

当時、帰国したときに、これ読んで、読み終わったら捨ててと言われていた日記で、そこには早く帰ってこないかな?とか、エアメールが届いていてうれしいとか、そんなことが帰国するまでのかみさん(当時は彼女)の心情が書かれていた。

前にも読んではいたけど、結婚して夫婦げんかをしたら、どこかに隠されていて、それが見つかった。

 

なんだか、手帳を見る気になったこの年に、出会ったころのノートと亡くなるまでの手帳が出てきて、ああ、このタイミングなのかな?と。それがどんな意味のあるタイミングなのかわからないけれど、別々に出てきて読むより、出会いから別れまで・・・が整理できたことは何か意味があるのかな?

それも、最期の手帳が最初という順番にも何かが有るのかな?と。

今は分からなくても、いつか絶妙なタイミングで、そうだったのかと分かる日が来るのかも知れないなと。

 

焦らずに、タイミングを待つとしよう。

 

研究も、成果を焦らずに、いつかGoodタイミングで答えが見つかるかも。

最低限努力は必要だろう。。

 

 


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義理の母がさんまを焼いてくれていた。わ

長い皿に、さんまと、大根おろしならわかるけど、キウイが。

理由を聞くと、さっぱりして良さそうだからとのこと。

 

これなんだよね。悩みの種は。

どうして、そんな冒険するのか分からない。

大根おろしでいいじゃない。

カボスでもゆずでもいいけれど。

 

クリームシチューに生姜を入れていたことも有る。

理由は、悪くなるともったいないからだった。

白いはずのクリームシチューが薄い茶色に変色して、部屋中、ジンジャーの匂いがした。

 

高級なものを食べさせてくれなんて言っていない。

普通の食事がしてみたい。

 

混苦しみから何時解放されるんだろう。。

 

人間、控えめが良いと思う。

 


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小生の知人に政治家がいるので、お手伝いに駆り出される。

もう無くなってしまったのかな? 民進党出身者。

希望の党からは公認してもらえないみたいで。

 

今まで刷ったポスターは民進党の党名が入っているけど、これも刷直し?

それも大変だし、お金もかかるし、どうしてこんなことになったのか、素人には分からないけど、前原代表は、全員移籍させてくれると思っていたら、小池さんが選別するって言うから。

当然だとは思う。憲法の問題とか考え方が違う人間が、打倒安倍の為だけに一緒になるのもどうかと思うから。

 

しかし、北朝鮮とか、韓国の慰安婦像、地図に日本が載っていなかったとか、ごたごたしている場合ではないと思うけれど。

冬季オリンピックをボイコットするぐらい強い姿勢で臨まないと、一度合意している問題なんだから。。

 

とにかく、安定した国家であってほしいけれど。。

清き一票を投じなければ。


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同居の義理の母が、葬式で地方へ。

家には小生一人。

 

まあ、いつかは一人になるのだから、予行演習と思えばと。

しかし、こうして独りぼっちだと、無駄に広いな。

2世帯住宅を建てたからよけいだ。

それに、家を建てたのは、次男が小学校へ上がるときで、子供部屋も足りないしと、住宅展示場へ。

お風呂は、子供たちと一緒に入るから、展示場より広くしたし・・・・・。

 

一人ならシャワーだな。

息子と同居は考えていないから、この先どうしようかな?

息子たちが住むなら、もっているワンルームマンションに住んでもいいかな?と。

 

人生は本当に思うようにいかなくて、何のためにがむしゃらに働いたのか分からないや。

晩酌が出来て、好きな本でも読んで、時々映画を見るぐらいなら、十分生活は出来るけど、なんだか虚しい。

 

研究しなくちゃ。

 

 

 


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心境の変化により、女房の手帳を見てから、色々考える事があり。。

病気した本人の気持ちを知れば知るほど、今まで考えてきた6年間の思いって何だったのだろうと。。

この連休を使って、二人で旅行した思い出の地、那須に行ってみた。

術後はいつもお腹をさすっていたけど、結構辛かったみたいだ。

 

抗がん剤の副作用、マーカーの値、そして死への恐怖等、手帳には克明に当時の気持ちが書かれていた。

 

同じ時間を過ごしていて、小生は小生なりに一生懸命心配もし、絶対に治ると言い聞かせて、まったく周りが見えていなかったんだなと。

 

今思うと、もう少し違った対応も出来たのかも知れないと。

 

結局のところ、癌なんて、克服する以外に後悔しか残らないのだろうけれど、知れば知るほど、また新たな局面が現れて・・・・・。

 

本当に魂は永遠で、天国で幸せに暮らしているのだろうか?

小生が手帳と同じように、全く手を付けなかった、あの世の研究をするべきなのか?

 

と言っても、やっぱり、あの世の事は分からないな。

霊感なんて全くないから、何をどうアプローチしていいのか分からない。

やはり、気持ちの切り替え、考え方を研究しようと思う。

 

今回分かったことは、自分が思ったようにしか見られないというのは事実なんだなと。

出来るだけ、透明な目で物事を見ないと。。。

しかし、それが難しいんだな。これが。

 

まだまだ研究は続くのだ。

 

 

 


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6年という歳月を経て、亡き妻の手帳を読む気になり、携帯を充電してメールを読む気にもなりました。

 

プライバシーもあるので、そっとしておいたのですが、何が有っても感謝しかないと腹を決め。。

 

そうしたら、闘病中の手帳には、体調の事、何回目の抗癌剤とか、お見舞いに来てくれた人の事とか。

その中で一番多かったのは、小生の事で、一晩中背中をさすってくれて、感謝とか、体操を一緒に手伝ってくれただの、朝一で病院に連れて行ってくれたとか、全部感謝の文字が。

それと、二人で映画を見て、食事した。嬉しかったとか。

 

アパート暮らしの息子二人が帰ってきて、家族全員揃ったことに、やっぱり私は家族が好き、この家が好きと書いてあった。

入院などすると、本当に家の有り難さ、温かさがわかるのかな?

 

家が暖かいのは、女房が居たからで、退院してくると、家が喜んでいたような気がしたな。

 

付き合って、結婚して通算30年一緒にいられたことに感謝しかないな。

手帳には、僕や家族への事がびっしり書かれていた。

そして、手帳の最期にはなぜか、僕と、息子たちのYシャツのサイズが必ず書かれていた。

 

有り難いと同時に、もっと感謝して、愛すべきだったんだと反省中。

 


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心境の変化で、6年間見なかった、手帳や携帯を見て、闘病生活のつらさや、小生に対する感謝の言葉が書いてあり、嬉しいと同時に、物凄く悲しい気持ちになりました。

 

小生の前では気丈に振る舞っていましたし、治らないなんて考えたら、負けになると思って、治ることだけを信じて接してましたが、本人は早い段階で、死を意識したみたいで・・・・・・。

ただ、あの時点では、やっぱり、もし亡くなったらという話は絶対にできなかっただろうし、しなかったと思います。

多少の心残りはありますが、それは良かったと思います。

 

この6年間、自分サイドの考え方だけで、いろいろ悲しんだりしていましたが、こうして亡くなった女房の気持ちがわかってみると、また、新たな悲しみが出てきますね。

 

手帳の最期には、何故か、小生と息子のワイシャツのサイズが書いてありました。毎年毎年。

 

傍から見ているのと、本人が書いた体調とでは雲泥の差があり、闘病記を読むたびに、ああ、もっとこうしてあげればよかったな・・とか。

反省と後悔ばかりで、気分はどん底かな。

 

真実を知れた分、気分は重くなり、やはりパンドラの箱だったのか?、この機会を境に、新しい門出となるのか。

いまはまだ分かりません。

 

人生って何なのでしょうか。。。

 

研究しなくては。

 


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というわけでは無いのだけれど、時々、物を捨てたりしている時に、色んなものを発見する。

女房が亡くなっても、プライバシーというのかな、配慮して、手帳や携帯はそのまま置いておいた。

 

少し心境の変化があったのかもしれが、携帯を充電してみて、待ち受け画面を見たら、僕と次男の笑っている画面だった。

シンクロなのかな?

最近、次男が結婚したい人が居ると言ったので、是非、うちに連れておいでと。

そして、手帳の束の一番下に、何故だか、女房の子供の時の写真が何枚かしまってあった。

それを見ていたら、もし、次男に子供が出来て、女の子だったら、女房の生まれ変わりなんじゃないのかな?と。

 

それから、女房ががんを発症した年の手帳も見てみた。

入院後はがん闘病記のように、身体の状態や苦しい思いが書いてあり、僕が一晩中背中をさすっていたことなどが書かれていた。

癌宣告は結構辛かったようだ。

 

ここまで来るのに6年かかったのかな。

ようやく死を受け入れられたのか?

よく分からないけど、少し、でもたぶんけっこう大きな心境の変化はあったのかも知れない。

 

僕は幸せだったんだなと思う。

この思いで、後半戦の残りの人生も生きられるかもしれない。

良い人生なんだ・・・今も・・・きっと。

 


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しかも風呂場で。

さっき、風呂から上がって、バスタオルで頭を拭いていたら、左眉毛に激痛が。。眉毛でも巻き込んだのかと、鏡を見ていたら、右首筋に激痛。

ハチが飛んでいたので、バスタオルで思いっきり叩き落として撃退した。小型の足長バチみたいなハチだったけど、バスタオルに潜んでいたのかな?

目を刺されなくて良かったけれど、アナフラキ―ショックだったかな?なったら怖いな。

万能薬のオロナイン軟膏を付けて様子を見ているけど、ハチって一度しかさせないんじゃなかったのかな?

 

しかし、急に激痛が走ると、何が何だか分からなくなるね。

ヒアリだっけ?そういうのに刺されても、案外わからないかもね。何がどうしたのか?

今回はハチが飛んでいたし、脱衣所だったから、原因の特定はすぐに出来たけど、通勤途中でなんだか首に激痛が・・とかだと、何なのか分からないから病院に行っても直ぐには分からないかも。。

 

本当に、何処で何が起こるか分からないな。

いつ死んでもいいとは思っていても、死因がわからないと、うらめしや~となる気もする。

だんだんひりひりしてきた。

 

冥途への旅支度が出来たのかな?

では。

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