人生色々・・・あなた色に塗りましょう -1361ページ目

早起き1687日目

おはようさまです。



バタたま/はた坊(七尾)



讃岐うどんの定番「釜たま」にバターを乗せたものです。



トッピングの粉チーズをかけたら、まさにカルボナーラ。



生パスタの和風カルボナーラのようでした。



3杯目の「しょうゆ」(水で締めた麺にだし醤油のシンプルな一杯)を食べながら、何故これ程までに麺類が好きなのか考えてみました。



それで分かりました。



ソフト麺が原点だと思います。



柔らかい腰のないウドンのようでウドンではない太くて柔らかい不思議な麺類。



給食の一番人気でした。



カレーライスではなくて、ソフト麺にカレーが小学校の時の給食のメニューでした。



僕らの時代はまだ米飯給食前夜の頃でしたので、パンかソフト麺が主食だったように記憶しています。



最初の麺類との出会いがソフト麺だったのが大きいと感じるのです。



だって他の麺類がみんなソフト麺よりも美味しく感じるのだもん(笑)


   
私の地元福井県は、麺類と言ったら断然蕎麦なのです。



越前おろし蕎麦にはかなり自信を持っています。



その当時の家庭内で食べられるのは、年越し蕎麦か夏の素麺くらいで、時々八番ラーメンを食べに行くのが楽しみでした。



つまり、麺類は家庭内で食べる機会は少なかったです。



麺料理は圧倒的に給食で食べていました。



それも洋風な味付けでカレーとかミートソースとかで。



そんな背景があり、麺類をこよなく愛する人間になりました。



そして、アルデンテに出会いスパゲッティに人生を見たみたいな(笑)




うどんは別腹。



讃岐うどんの地元香川県民の合い言葉だそう。



とっても素敵ですね^^



また香川県に食べに行きたいなぁ。



スパゲッティは別腹とは中々言えないなぁ(爆)



本場イタリアでは、パスタが若い人から敬遠されるようになってきて、年間のパスタ消費量も減る一方だそう。



いよいよ、私はイタリア人よりパスタ食べるようになってきました。その意味を問う時が来たように感じます。






はた坊さんの讃岐うどん美味しかったです。3杯も食べちゃいましたぺこてへ



七尾にお出かけの際はぜひご賞味ください。何せうどんは別腹ですから(笑)

早起き1686日目

おはようさまです。


人生は砂時計に例えられる。


砂が無くなったら人生の終わり。


少しずつ、死へと向かっている。


寿命は誰にも分からないが、間違いなく言えるのは、真っ直ぐに死へと向かっていということ。


砂がサラサラと落ちるように、一歩一歩進んでいる。


その進みには、停滞も後退も速くなることもない。一定の速さで進んでいる。


ただ、よく言われることは、年々歳を重ねる度に月日の流れが速くなるということ。


それは当たり前の現象である。


その人の時間に対する向き合い方が変化していくからである。


今を流して生きれば、流れるように時は過ぎる。


そのように生きるのだから、時が流れるようにあっという間に過ぎるのは当たり前である。


何かに没頭するときもそう。


寝食を忘れる位だから時間のことは忘れているのだ。


だから、ふと気かつけば、ご飯食べる時間分が無くなってしまい損した気がして時の経つのは早いと感じるのだ。


自分勝手に食べるのを忘れたのに、時を意識したとたん、こうである。


人は正確に時を刻めないのだ。


ボクサーは1ラウンド3分間が身体で判ると言うが、それは人の意識がカウントするのではなく、肉体が、細胞が感じるのである。


腹時計もそうである。


毎日決まった時間になると、腹減ったとお知らせしてくる。


自分の意識がカウントしているのではなくて、肉体からのメッセージだ。


時の過ぎるのは皆平等であり、時の使い方、向き合い方に差があるだけだ。


ゆえに、今を楽しむことが、人生を楽しくするのである。


苦難さえも、受け取り方で楽しみをその中に見出だせるのが、人間だ。


我々はそう、皆ドSなんだー!

早起き1685日目

おはようさまです。


台風が近づいてますね。


それも二個も。


合体するのかな。


雨が降らないと困るし、降りすぎると困るし。


そんな人間の心配する気持ちは、台風には関係ありません。


雨が降るのは物理的条件が整ったから。


降るべくして、大量に降ります。


それがかつてない位の激しさであっても、信じられないことは無くて、物理の法則を超えては降りません。


それだけの量の水分が、間違いなく空気の中に貯えられている訳です。


地球の表面上での話。


水が気体になったり液体になったりしているだけ。


その現象に人は翻弄されてしまいます。


夏、氷水の入ったコップの表面に水滴が付くのは、空気の中の水分が正体です。


目に見えないけれど、確かに水分が大気の中にあります。


目に見えないものに、人は翻弄される定めなのです。


だから、いつでも謙虚に現実を受け止めることが大切です。


目に映ることに意識が向きがちですが、見えない存在は見えないだけで、存在しています。


大雨の被害が出ませんように、祈るしか出来ることはありません。


最後は自分の身は自分で守るしかありません。


安全安心を与えられるのは、幻想に過ぎません。


有事の際は、自力で何とかするのが地球に生きる生物の宿命です。


生き残ることが、命を全うすることです。


非力を自覚して、過信を排除です。