人生色々・・・あなた色に塗りましょう -1253ページ目

早起き2011日目

おはようさまです。


生き物は学習して成長する。


失敗が学習材料だ。


例えば、餌を上手に獲れなければ生き残れない。


失敗するのは、コツが掴めていないから。


だから、何度も挑戦しながら偶然上手く行くのを待つしかない。


真剣にやるから、上手く行った時の僅かな違い、コツに気がつく。


ボーッとしていたら、何も掴めないだろう。


コツが掴めたら、今度はそれを確実に出来るように練習だ。


そして、型が身に付く。


人間は知恵があるから、型から教えることが出来る。


そこで問題になるのは、教えられる側が素直であるかどうかだ。


効率よく教えるのだから、無駄は無いのだら、ただ素直に吸収するだけでいい。


それなのに、素直になれな人は成長が遅い。


簡単な道理だけど、我が儘は目を曇らせる。


目を晴らさせる刺激が必要だ。

早起き2010日目

おはようさまです。


久しぶりに芦原温泉に来ています。


疲労の極致だったので、今から温泉です。


ここから追記


4:30の大浴場は僕の貸切状態でした。


浴場入り口の休憩所では、老夫婦が休んでいました。


年を取ると朝早く目が覚めてしまうと嘆き気味に言われますが、こうやって4時からのんびりと夫婦で温泉に入れるのは、目覚めが早いから出来ることで、ものごとには良い面悪い面あるけれども、良い面を見事に楽しめば人生極楽だとあらためて教えられました。


おはようございます。と挨拶を交わした時の声から感じました。


他人の気配が無い温泉は、リラックスするには最高でした。


好きな格好で湯船に浸かれますから(笑)


洗い場を見ると、洗面器が使ったまま放置されていました。


そこまでは、普通の光景。


1ヵ所、ひっくり返して反対向きで置いてありました。


水滴が切れて良い感じです。


だから、20個全部キレイに濯いでひっくり返しました。


こんなことは貸切状態じゃないと出来ません。


靴を揃える感覚と同じ。


ホスピタリティ。


キレイに並んでいる様子は気持ちがいいから・・・


本当にそうでしょうか。


最初に見た光景が揃っていれば、比較して散らかっているよりは揃っている方が気分がいいとなるでしょう。


でも、最初から散らかった状態こそが、普段から見慣れた風景なのです。


混沌とした社会の中で整列しているのは、お店の開店の瞬間だけです。後は人が入り乱れて、乱雑さに支配されます。


それが普通の光景です。


開店したら最後、忙しくて閉店まで片付ける暇なんてありませんから。


物を揃えるよりも、僕は次に使う人に心を向けることを大事に思います。


思いを向ける、思いを遣る。


洗面器を使う時に、中に水が入っていたら気持ちが悪いものです。


まして、石鹸の白く濁った水が入っていたら嫌ですよね。


最初に使う時に気持ち良く使えれば、気分上々になります⤴


最初に嫌な思いをしたら、気分も下げ下げになります⤵


ちょっとした、思いやりがバッドな気持ちを減らすのです。


そこに、世界平和への道が拓けると思います。


靴を揃えるのも同じこと。


靴を揃える行為が尊いのではなく、次に使う人が気持ち良く使えるようにと、未来を良くしようとする、その気持ちが尊いのです。

早起き2009日目

おはようさまです。


今日は法事。


昨日は早朝からお墓掃除しました。


墓場に行くと、栄枯盛衰を感じます。


かつては栄華を極めた象徴?らしい新しい墓石も、雨風で風化し輝きを失っている一方で、今年リニューアルしたお墓達はピカピカの艶々で輝いています。


僕は神や仏に手を合わせる時は無心になります。


何の感情も持たずに、ただ対峙する感覚。


無心即ち素直なり。


素の心で真っ直ぐに向き合う。


人生の中で、神仏の前に立つ時は特別な時間。


手を合わせる姿や形が、瞬時に向き合う為の身体への合図。


合掌とは、掌から放たれる気を合わせる行為。


多分、二つの掌が合わさることが、光りと影といった二面性のものを、一つに融合させるイメージ。


表と裏は付かず離れずの関係であり、離れたら表も裏も消滅する。


互いが在るから、互いが生きる、生まれる。


色んな作法なり意味があるのだろうけれど、僕はただ無心になって向き合うだけ。


心を通わせる、思いを馳せる。


ある意味、この地球自体が墓標であり、神のような感じですね。


そんなイメージでいると、手を合わせると心静かな自分を作れます。


合掌(。-人-。)