昨年ご逝去された松岡享子先生が、その創設にかかわった東京子ども図書館の機関紙「こどもとしょかん」に連載されていたエッセイ「ランプシェード」。
その1979年から2021年までの全エッセイを収録した本『ランプシェード』が出版されました。
激動の42年間。
高度成長期にあって、「これからよくしよう」という希望に満ちた時代から、昭和、平成、コロナ禍と戦争の恐れに席巻された令和。
それらを見つめながら子どもの本と図書館について示唆しつづけた作品です。
中には、あ、バンコクを訪れてらっしゃる、あ、ウエッタシンハさんの子ども図書館での講演、私も行った!
石井桃子先生の好きな著作3作アンケートはがき私も出した!
と、その裏側に私自身の存在もあって(そのような方はたくさんいらっしゃると思います)、感慨深かったです。
その中で注意をひかれたことがありました
松岡先生のお仕事の中に、
「ユネスコ・アジア文化センターの主催するアジア太平洋地域共同出版」
があります。
その企画の一つとして、『アジアの昔話』の編纂と翻訳があります。
実は『アジアの昔話』は当初6巻出版されていたのですが、これが絶版になり、それを惜しんだ松岡先生が、特にストーリーテリングにむいており、実際人気もあった作品を選んで
『子どもに語るアジアの昔話』として2巻に編成しなおされて新しく出版されました。
そして、『ランプシェード』の1981年・夏の10号の中に、こんなことが書いてあったのです。
『アジアの昔話』によるお話し会というのが日本出版クラブで開催されたそうなのですが、
「タイの「黄太郎青太郎」のお話の中で、娘をかしこい男に嫁がせようという父親に対して、「かしこい男?ふん、男なんてみんなばかですよ」と一刀のもとに夫の言い分を切り捨てる妻の啖呵の美事さ。ここでは、少数の男性をまじえた聴衆から爆笑が湧きました」
・・・・・私は、昔この『アジアの昔話』を読んだはずなのですが、おそらく当時は、知識を得るのに忙しく、さっと読み飛ばしてしまい、結果、時がたった今・・・
「どんなお話だっけ?」になってしまっていたのです!(ひどいですよね!)
さっそく2巻借りてきて、ほかの国のものもふくめて読んでみました。
なるほど!
『黄太郎青太郎』のほうですが、なかなかユニークです!
ほかの国のお話は、王さまが出てきたり、あるいは知恵話のように弱い動物が強い動物をだしぬいたりする教訓ものです。
でも、この『黄太郎青太郎』はちがいます。
あるところに夫婦がいて、二人の娘イムとオーンが年ごろになりました。
この「イム」と「オーン」という名まえからして、タイドラマやタイ映画に親しんだあとでは、そこから田舎の村の娘の姿がたちあがってきませんか?
そしておそらく「イム」はほほえみยิ้ม、「オーン」は柔和なอ่อนという意味でしょうか。
つまり、昔読んだときより、解析度があがっていて、物語が身近になってきているのです。
さて、この夫婦の夫のお気に入りは何でもできる黄太郎です。
でも妻は「そりゃあんたの目には、かしこく見えるかもしれませんがね、はてさてー」と意味深な発言。
でも夫は、黄太郎こそかしこい男だと見こんでいて、イムと夫婦にさせました。
いっぽう、妹オーンは妻のあとおしで青太郎と結婚します。
でも、夫は青太郎にはふまんがいっぱい。「ばかな青二才」ときめつけています。
ある日、夫と黄太郎と青太郎は、舟で遠い田んぼまで出かけます。
夫がそこで見たものについて、何かたずねると、黄太郎は、たちどころにすらすら答えます。
でも青太郎は、
「もともとそうなんですよ」とはかばかしくない答えをくりかえすばかり。
夫はすっかり腹をたてて帰ってきます。
ところが、妻が青太郎になぜそんな返答をしたかと尋ねると・・・
「お父さんは、ペリカンはなぜうくのかと、お聞きになったんです。兄さんの黄太郎は、あつい羽があるからだといいましたが、ぼくは、それをもともとうくようにできているからだといいました。だって、そうでしょう。ココナッツの実には、羽なんか一本もはえていないけれど、あれで、ちゃーんとうきますからね。ちがいますか?」
というふうに、いろいろな質問に対して、なぜ「もともとそう」と答えたのかをおもしろいたとえとともに、あきらかにしていきます。
で・・・夫は、青太郎も黄太郎に劣らず気に入ったのでした!
「どうやら、このしゅうとどの、『ものごとはすべてもともとそうなのだ。人間だってそのとおり。婿どのも―かしこかろうと、ばかだろうと―もともとそうなのだ』と気がついたようでした」
とお話は結ばれます。
この夫が二人の婿殿を両方気に入って、うけいれて終わる、っていうのがとてもいいですね。
英雄も王さまも出てきませんし、青太郎も黄太郎もどちらも反省したり、勝ち負けもありません。
青太郎の返答もなにやらふんわりしています。
そしてなごやかな家庭になって終わるだけです。
そういう意味で、昔話としてもとてもユニークだし、楽しいお話です。
あとがきの説明にも、
「語り手たちの間で人気のある話です」
と言われていて、うれしいです
2巻のほうにも、タイの昔話があります。
『マカトのたから貝』
こちらのほうは、モーン人の少年が・・・これは少数人族のモン族ではなく、タイの歴史上はじめのころにタイに領土をもった民族です・・・スコータイの王様はすぐれていると聞いて、そこまで旅して、王さまに出会い、いただいた小さいたから貝から、知恵をつかって青菜を栽培し、それを王さまにお見せして、喜ばれ、とりたてられるというお話です。
これも、モーン人というと、ナコンパトムやもしくはランプーンからスコータイに向かったのだろうか、それはたいした距離だ。
スコータイの良い王さまといえばラームカームヘーン大王のことだろうか、などと解析度があがります。
王さまも出てくる、王室の権威発揚の教訓的な話のようですが、あくどい人は出て来ずに、マカトのまじめさがさわやかな小品です。
二編とも良いタイのお話に出会いなおすことができました。
それにしても、『黄太郎青太郎』という名まえは、タイ語ではなんていうんでしょうね!
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