軽い頭痛を感じ、眠りから覚めた。
目をあけると、靄がかかったように白く濁った視界。
しばらくしたら、少しづつ見えるようになってゆく。
白を基調にした、病室の中。
僕は、スプリングの硬いベッドの上にいた。
目がよく見えないのは、投薬治療のせいなのかも知れない。
医者が説明してくれていたのだろうが、あまり聞いていなかった。
肺のほとんどを失くした僕は、人工呼吸器をつけなければならないありさまだった。
息を吸い込むたびに、機械が酸素を送り込む音が耳に障る。
見慣れないはずの白い天井は、
今ではすっかり見慣れてしまった。
蛍光灯のひとつが点いたり消えたりしている。もうすぐ消えてしまうのかも。
身体は動かすのが億劫で、
目だけであたりをうかがう。
レースのカーテンだけが引かれた窓からは、
街のネオンが遠くに見えた。
その窓ぎわの小机の上には、
花瓶に切花がささっている。
ユウコが持ってきてくれたものだ。
僕は、ユウコ自身の身体をいたわって欲しかったけど、
彼女は運動がてらに見舞いに来てくれる。
心配症の僕の願いを神様が受け入れてくれたのか、
ユウコのおなかの子は、男の子だった。
彼女はとてもいとおしそうに自身のおなかをさする。
そのしぐさを見るのが、僕はほんとうに好きだ。
新しい命の誕生を心待ちにしている女性は素敵だ。
嬉しいことだけじゃなくて、いろいろなことが待っているはずだけど、
それでも子を産み育てることの喜びを知っているからだ。
僕は少し嫉妬している。
ユウコのおなかの子にだ。
彼女の深い深い愛情は、
その子に注がれる。
僕はその手伝いをするだけの人みたいに勝手に感じられて、
よそよそしい気分だ。
男親って、そんなものなのだろうか?
それとも、僕と血のつながらない子との対面を、
こころのどこかでひっかかりを感じているのかも。
そんなことはわかっていたから、それもひっくるめて全部受け止めて、
僕はユウコと一緒になることを望んだんだ。
それでも嫉妬する気持ちがあるのは、
こころの弱さのせい?
支えていこう、とはらを決めたつもりだったけど、
支えを欲しがってたのは、むしろ、僕のほうだったんだと思う。
自分自身が情けないのは、十分理解してるつもりだったけど、
病室で考えていたってどうしようもない。退院してから考えても多分同じだけど。
頭痛が治まらないから、無理やり眠ってしまうことにした。
軽い頭痛で目が覚めたとき、
僕は、左手に温もりを感じた。
ユウコが握ってくれている。
優しい瞳で、僕を見つめてくれている。
彼女のおなかを見た。
ふくらみが少し大きくなってきたのかな。
「おはよう」とユウコ。
彼女は僕が返事ができないこと知っている。
僕は無理矢理に笑おうとして、
むせて咳き込んでしまった。
彼女に僕の気持ちを伝えることができないのがもどかしい。
筆談じゃだめで、僕の声で伝えたい。
”好きだ”
その言葉を口にするまで、
僕はかじりついてでも、生きてやる。
僕は、右手を伸ばしてユウコのおなかに触ろうとした。
ユウコはベッドの淵に腰かけて、僕の右手を受け入れる。
この両手の感触だけは、失うわけにはいかない。
優しい目のユウコに、
”ありがとう”
を言うんだ。
君がそこにいてくれる。
僕にはそれだけで十分幸せなんだよ。