夢の中で夢を見ている。
そんな奇妙な感覚をおぼえながら、僕は眠っていました。

夢の中で僕は、乱立するビルに囲まれた、都会の公園の中にたたずんでいました。

太陽は高くて影が短くなっています。お昼ごろなのでしょうが、人々は急がしそうに行きかっています。そんな光景をぼんやりながめて、僕は大きなSLの設置されたオブジェクトを見上げていました。

気温は30度あるみたいなのですが、風は涼しく感じられ、汗かきの僕でも、シャツを濡らさなくてすんでいます。

喫煙所が整備されているようで、都会の中で、愛煙家たちは一箇所に集い、白い煙をのぼらせていました。

僕もタバコを吸おうとしてそちらに歩きかけましたが、胸ポケットをまさぐって苦笑いします。
タバコはやめたのでした。


「お待たせ」
ふと、僕に声をかける女性がいます。

「…待ってないよ、僕も今来たとこだから」
僕はこの女性を知りませんでしたが、なぜか話しかけられた違和感はなく、さもこの女性と待ち合わせをしていたかのように振舞ってしまいました。

「海のほうに行くんでしょ?」
「うん、無人運転の電車に乗っていくみたいだね」

僕は彼女のことをほんとは知ってるんではないかと思案しましたが、思い出すことは出来ませんでした。でも、ここは僕の夢の中なのです。しばらくは成り行きまかせにしてみよう、とそんな風に考えました。

「ここ最近暑かったから、ちょっと涼しく感じるよね?感覚が麻痺してるのかも」
「そうだね。僕は汗かきだから助かるよ。歩いてるだけでフルマラソンした後みたいに汗をかいていちゃ、君にも迷惑かけそうだしね」
「迷惑?そんなこと無いよ。わざわざ来てくれてありがとね」

彼女はそういって、僕と手をつなぎました。

一瞬ドキッとしましたが、夢ですから。なんてことはありません。
彼女は僕と身長も同じぐらいで、長く豊かな髪をポニーテール風になびかせています。薄いピンクのトップスは夏の日差しに映えて、良く似合ってました。デニムはスキニーなもので、脚の細さが際立っています。足元のパンプスは、僕に気を使ってるのか、ヒールの極めて低いものでした。

「どこに行くの?」
「テレビ局の企画のテーマパークがあるみたいなんだよね。そこでいいかな?」
「どこでも大丈夫だよ」
くすりと笑って、彼女は言いました。

それから僕と彼女はとあるテーマパークでひとときを過ごしました。
遅めの昼ごはんをチェーン店の串カツ屋さんで食べました。
日が暮れるころ、僕と彼女はライトアップされた大きな橋を眺めながら、とりとめもない話をしていました。

「映画、おもしろそうなのやってなかったね」と、僕。
「そうだね。また今度見よう?」と、彼女。

気が付けば日はとっぷり暮れていて、あたりは暗くなっています。
もう、彼女とは別けれなければいけない時間が近づいていました。

都心から北へ向かう電車に乗るので、彼女を改札前まで見送ります。

「今日は楽しかった。また会おうね?」
「うん…また今度」

改札を通って人ごみのなかにまぎれる彼女は、一度も振り返りませんでした。




僕は、もう彼女に会うことができないだろうことを感じていました。

違う街ですれ違ったとしても、僕も彼女もお互いの存在に気付かないだろうな、そんな想像をしていました。

「せめて連絡先でも聞いておけばよかったかな…」
思いついて、少し苦笑いをして頭を振ります。

彼女は僕の歩く道をいっしょに歩くことは無いのです。

僕も彼女の歩く道に踏み込むことはないのだろう、と思いました。




あてもなく街を歩いていると、遅くまでやっている花屋を見つけます。
ほとんど売れてしまっていますが、バラが4.本売れ残っていました。
僕は花なんか買ったことがないのですが、なぜか財布を出していました。

とっても小さな花束を持って、人通りの少ない小道に入ります。

昼間はたくさんの人で賑わう商店街ですが、終電もなくなると嘘のように静かになるのです。

と、街灯の下に若い女性がひとりぽつんと立っています。

僕はさっき買った花束を、その女性に渡しました。

女性は面食らったみたいで、少し驚いていましたが、にっこり笑いました。

「ありがとう。きれいなバラね」
「うん。きれいな花だね」

僕はそれだけを言うと、また大通りへ歩き出しました。
日付が変わってしまったので、さっきまでいた客引きたちもいなくなってしまいました。





夜が明けたら、また朝が来て。
昼が過ぎれば、また夜が来る。





もう僕は、どこに行ったって、その中の景色の一部すらになれないような感じを覚えて身震いしました。

いっそのこと誰もいない無人島のようなところでこの生涯を終えたほうが、どんなに気楽なことでしょう。

夢が覚める前に、僕は自ら夢を見ることを止めてしまいました。







夢を見ていいのは、もう少し前のことだったんだな。