徳成府院君の屋敷にて、
「そうか、遂に王が皇宮に戻ったか。」
「はい、今し方到着した様にございます。」
「フッ‥馬鹿な王め。今頃腰を抜かしておるだろう。」
次は皇宮をもぬけの殻にしたキ・チョルは唖然とする王を想像し鼻で笑っていた。
「では天の医員も一緒だな。」
「はい。その様でございます。」
「よし、では参内する。王の間抜け面、この目でとくと拝むとしよう。」
「かしこまりました。」
本当は王などどうでもよかった。天の医員に会ってみたい。キ・チョルは逸る気持ちで屋敷を後にした。
皇宮では、
「貴方何言って‥!?」「メヒが泣いておるではありませぬか!何を申したのです!」
「何でもいいでしょ!女同士の話に口を挟む気?元はと言えば貴方が悪いのに。」
「俺が‥?どう言う事です。」
「じゃあ遠慮なく言わせてもらいますけど貴方今まで何していたの!メヒさんを散々‥」
すると今まで呆然としていたメヒが突然慌てて口を開いた。
「医員様!いいのです。言わないで下さい」
「え?何で‥?それでいいの。」
「よいのです。故にお願いします。」
「大体何でいつも女は男の言いなりなの。本当ムカつく‥」
「また訳の分からぬ事を。もうよいです。メヒ行くぞ!」
「え?ヨン!ちょっと待って!医員様は悪くないって‥!」
ヨンはウンスの話をまともに聞く事もせずにそのままメヒの手を引くと部屋から出て行った。その場に一人取り残されたウンスは呆然と二人の後ろ姿を見つめていた。
な‥何よ!私が何かしたっ!私はただメヒさんの話を聞いていただけなのに。やっぱりはっきり言うべきだったかしら。分からず屋サイコの奴許さない。それに何なの。まるで私が意地悪言って泣かせたみたいにじゃない!全く失礼しちゃう!
ふとヨンの表情が頭に浮かぶ。必死にメヒを庇うヨン。そっか‥そんなに好きなんだ。
あれ?私どうしちゃったの‥
なぜだか分からないが気持ちが沈む。苛立つ一方で目の前で二人の仲を見せ付けられた様な遣る瀬無さ。自分の思い通りにならない複雑な感情。
サイコは運命の人じゃないのにどうしたの‥
ウンスはそんな妙な心のモヤモヤを消す為に気分転換に外の空気に当たりに部屋を出て行った。
ウンスは歩いていると皇宮の庭に辿り着く。
う~ん!いい場所~!それに何て空気が美味しいの。
ウンスは全身に心地いい風を感じる。胸一杯に空気を吸い込むと清々しさに乱れた心が落ち着いた。
本当空気が美味しい。此処も満更悪くない。
仕事に明け暮れる毎日だった。その日々がまるで嘘の様。ゆっくりと過ごす時間。此処に長居し過ぎると離れ難くなっちゃうかもね‥
その時ウンスの腹の虫が鳴る。
お腹空いたな~。そう言えば此処に来てからまともに食事もしてない。全く人に治療だけさせておいて食事もなしなわけ?あ~キムチ食べたい!お風呂にも入ってない。やっぱりこんな時代は私には無理だわ。メヒさんに言って用意してもらおうかな。でもメヒさん、きっとサイコと一緒にいるわね。顔も見たくないし‥
ウンスは仕方なしに部屋に戻ろうと振り向くと其処に王に謁見する為参内したキ・チョルが偶然通り掛かった。
誰‥?見た事ない顔ね。
ウンスはペコリとお辞儀をすると気に留める事なく通り過ぎる。しかしキ・チョルは唖然としていた。
な、何だあの姿に髪の色。西洋人?いや顔は間違いなく高麗人だ。まさか‥
キ・チョルは振り返る。
あれが天の医員かっ!?しかも女人!
古きより李家に伝わる天女伝説。天が遣わす天女。その天女の心を掴んだ者こそ此の世の全てを手に出来る。栄耀栄華は思いのまま。
まさか、語りだと思っていたが‥
「お待ち下され!医員殿!」
するとウンスは振り返った。
「ん?私の事?」
「お聞き致しますが貴女は真に天の医員殿ですか?」
「え‥?私?ま、まあそうですが。」
しかしそれだけでは確証がない。確かに世にも珍しい姿だが本物かどうかは分からない。すると何やら珍しい音が聞こえて来た。
ピロピロピロピロリン~ピロピロ‥
な、何の音だっ!
狼狽えるキ・チョル。辺りをキョロキョロ見渡した。するとウンスが自分の鞄を覗き込むと何やら奇怪な物を取り出した。どうやら音の発信源はそれの様だ。
「アラーム消さなきゃ。あ!驚きました。ごめんなさいね。」
な、何だ、あれは!
「すいませぬがそれを見せてもらってもよろしいですか?」
「え?此れ?いいですよ?」
ウンスはスマホをキ・チョルに渡した。
「こ、此れは何です。」
キ・チョルはスマホを見るのは無論初めて。スマホを持つ手が震える。
「此れはスマホと言って、話す相手が例え遠い所にいても話す事が出来る便利な機械ですよ。他に写真も撮れるしネットで調べたい事を検索したり、ゲームや色んな機能が使えて‥って何言ってるか分かります?」
「いいえ、全く‥」
キ・チョルは唖然とスマホを見つめていた。高麗時代に勿論携帯は存在しない。その世にも珍しい色鮮やかな光を放つ物体。私は異国からも欲しい物珍しい物は何でも手に入れてきた。その私ですら見た事がない‥
「電波は届かないけど電源は入るわ。ちょっとしてみましょうか。」
「是非‥」
「これが写真‥あ、嫌だ。私ったら元彼の写真消してなかったわ。此れは映像を写す機能です。よければ貴方も撮ってみましょうか?ではもっと後ろに下がって。」
キ・チョルは言われたままに後ろに下がる。
「はい、その辺でストップ!」
「す、すとっぷ‥?」
「英語は通じないわね。じゃあ其処で止まって下さい。では手を私の様に構えて。」
ウンスは顔の横まで手を挙げると指を二本立てニッと微笑む。
「こ、こうですか?」
「それじゃあ裏向きよ。手を逆に向けて。そうそうそのまま。それじゃあ撮りますよ、笑って~。キムチ~!」
パシャ!
キ・チョルは恐る恐るスマホを覗く。其処に映し出された自分の鮮明な姿。
な!何と!此れは正しく私の姿っ!何と言う事だ‥信じられぬ。此れは鏡?いや違う。何故なら此れは先程の私だ。
「他には‥」
「次はゲーム。なかなか面白いんですよ。‥あれ?切れちゃった。此処では充電も出来ないし‥」
今まで光を放っておったのに急に消えた!一体どうなった。しかし何やら固い素材の箱の中には確かに自分の姿が映っていた。西洋?異文化の物なのか?いや、他の異国の文明が此れ程発達している筈はない。此れは正しくこの世の物ではない。だとすればこの方は真に天より遣わされた天女なのか‥
また驚いてる。一々驚かないでくれる?その反応見飽きたわ。説明するのも面倒臭い。それよりお腹がペコペコ‥誰でもいいから私にご飯を‥
この女人是非とも我が物に‥取り敢えず屋敷に連れて行きたいが簡単については来まい。さて、何か容易い方法はなかろうか‥
徳成府院君は頭を悩ます。しかしウンスを口説くのはこの上なく簡単だった。その後またウンスの腹の虫が鳴いた。