私と出会った人は必ず幸せになる!
生きづらさ解消の専門家
心屋カウンセラー
 

うえのゆりです。

 

 

わたしの人生~小学校~の続きになります。

 

 

中学校に上がってからは

ますますお母さんの過保護

過干渉がひどくなっていきました。

 

 

 

中学生になって

剣道部に入りたかったのですが

案の定、汗をかくからダメ。と

入らせてもらえませんでした。

 

 

 

剣道をやってみたい気持ちを

否定されて

悲しかったです。

 

 

 

このころには

諦める気持ちも出てきていて

やっぱり駄目だった。

私がやりたいことは

やらせてもらえないんだと

思うようになっていました。

 

 

 

仲良くしている友達も

幼馴染で親友だった子もいるのに

いつもお母さんが気に入りそうな

元気で大人受けする

そんな子たちと仲良くしたい。

そんな子たちのグループに入りたい。

そう思っていました。

 

 

 

なぜか。

そうしたらお母さんが喜ぶから。

おばあちゃんが喜ぶから。

きっとこの子たちなら

許してくれるはず。

 

 

 

そう思っていたのですが

話もテンションも合わないので

一緒にいられるはずもなく。

 

 

 

大好きな友達といれて

楽しいし、嬉しいはずなのに

私の本当の居場所は

ここじゃないんだ。と

現実逃避をして

お母さんたちに

嫌われるかもしれないという

恐怖を頭から切り離して

バランスを取ろうとしていました。

 

 

 

お母さんは私の服装に

非常に厳しく

少しでも体にフィットする服や

丈の短いスカート

丈の短いパンツ

ヒールのある靴

胸の開いた服などは

どんなに頼んでも

一切禁止で買ってくれませんでした。

 

 

 

「デブには似合わん」

「太ってるのに見苦しい」

「バカが着る服を着るな」

「一緒に歩けない」

などと言われて

私は自分の体形や

私の外見に

小学生の時以上に

コンプレックスを持つようになりました。

 

 

 

私は見苦しくて

お母さんも一緒に歩きたくないくらい

恥ずかしい見た目なんだ。

太っていて

見苦しくて

存在が恥ずかしいと

思わせてしまっている。

 

 

 

どうにかして挽回しなきゃ。

どうにかして気に入られるようにしなきゃ。

 

 

 

ますます気に入られようと

努力をしていました。

 

 

 

不幸中の幸いか

勉強することは楽しかったので

学校で学ぶことが苦にならなかったのは

よかったなと思います。

 

 

 

勉強ができていると

お母さんたちは

当然と言っていたけど

嬉しそうだったので

私も頑張っていました。

 

 

 

こうやって頑張れば

私は愛される。

お母さんたちの

自慢の子になれる。

頑張らなきゃ。

そう思っていました。

 

 

 

このころから

ますます自分が二人いるような

明るい自分と暗い自分が

切り離されていくような

そんな感覚がありました。

 

 

 

そして、暗くてネガティブな自分の存在を

否定して、自分の中から消し去って

いつも笑顔で

優しくて、気が利いて

家族思いのいい子の

自分だけでいようとしていました。

 

 

 

消し去ることはできなくて

見えないくらいに

押さえ込んでいただけでしたが

この時は上手にできていたと

お母さんたちに気に入られる

元気で楽しいだけの

いい子でいられる自分だけしか

見えないことで

安心していました。

 

 

 

中学生になってから

抜毛が始まりました。

私の場合は

体の服に隠れる部分なので

目立ちませんが

いまだに抜毛する癖は

治っていません。

 

 

 

私の部屋のドアには

外から中を見られるように

大きな窓が付けてあり

そこからお母さんが通るたびに

私が部屋で何をしているのか

監視していました。

 

 

 

またドアを閉めることも

勉強中以外は

禁止されていて

ドアを閉めると

「何を隠しているんだ!」と

怒られました。

 

 

 

友達とやりとりした手紙や

ノートなども読まれたり

机の中やカバンの中を

勝手に開けて

中を確認されたりしていました。

 

 

 

「やめて」と言っても

やめてもらえず

「親だから、知ってて当然」と

聞く耳を持ってはくれませんでした。

 

 

 

このころから

「親の言うことを聞いとけば正解」

「親の言うことに間違いはない」

「私が正解」などの言葉が

お母さんの口癖になっていました。

 

 

 

嫌で嫌でたまらなくて

どうしようもない怒りを

机にぶつけて

机に穴をあけたこともあります。

 

 

 

中3になり

高校受験の志望校を決めるとき

私の行きたい高校は

熊本市内で

そこの受験をしたいと

言い続けていました。

 

 

 

自分で選んで

チャレンジしたいと思った

そんな高校だったので

結構、粘ってお願いし続けましたが

絶対に受験させない。

そこにはいかせない。

ゆりちゃんは絶対に

地元から出さない。と

頑として譲ってもらえず

人生で一番の絶望を

味わいました。

 

 

 

どんなに頑張っても

どんなに願っても

私の望みは叶わないんだ。

 

 

 

私がこんなに頑張って

こんなに心からお願いしているのに

私はどんなに頑張っても

愛されていないんだ。

 

 

 

そんな風に絶望しました。

 

 

 

絶望していても

高校受験はあるので

つらい気持ちを

一旦、完全に封印して

忘れてから

高校受験に臨み

地元の高校に合格しました。

 

 

 

中学を卒業するころには

自分が自分でない感覚が

当たり前になっていて

自分の中が空っぽで

人形のような自分が

完全に出来上がっていました。

 

 

 

 

 

 

 

★わたしの人生シリーズ

わたしの人生~幼少期~

わたしの人生~小学校~

 

わたしの人生~高校~に続きます。

 

 

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