12月 師走に入ってしまいました。
主婦にとって、気ぜわしい日になりますね![]()
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私は、11月の暖かい日に、障子の張り替え、カーテン洗い、各引き出しを一個づつ洗い整理する。
納戸、押し入れの整理整頓をやってしまいます。
こうやって年末から新年に向けてスタートをきる準備を始めていきますが・・・・。
2011年・3・11
とっても忘れられない日になりました。
(今年は、いつもの年末気分ではないですね・・・・。)
当時、私は埼玉県久喜市で仕事をしていました。
ガソリンスタンドでガソリンを給油してから、最寄のコーヒー店で、のんびり休憩をしようと思っていた矢先。
ぐらぐらっと!![]()
それも今まで味わったことのない大きな揺れが長時間。
テーブルの下にもぐって揺れの静まるのを待ちながら、メールをした私。
「東京の電車の中で揺れている。」との返信。
地震はなかなか治まらないので、私はそれだけで酔ってしまいました。
まるで船酔い状態!
そしてテーブルの下からあたりを見回すと、屋根瓦が落ち、塀が倒れている。
一瞬、「我が家が心配!」と大きな不安が走りました。
仕事そっちのけで、大宮まで車を走らせました。![]()
でも、まだまだ大きい揺れがあり、踏切も開かなくなり、やむなく国道に逃げると それはそれは平常心ではいられない物流を運ぶ運転手たち。![]()
車のテレビを見ながら、津波警報と同時に携帯電話もつながらなくなってしまいました。
そして、交通網は完全に寸断され、帰宅難民が・・・。
私には1人暮らしの母親がいます。(東京都在住)
その母の出身が福島県です。
そして亡き父親の実家も福島県浪江町。
そうです。あの原発事故があった場所、海で私は幼い頃よく遊んでいました。![]()
なので、福島県には たくさんの親戚縁者がいます。
地震直後から電話はあっという間に混線してしまい、間もなく避難命令のでた地域にいた親戚が どこに行ったかもわからない日が1週間続きました。
亡き先祖の墓も浪江町にあります。
もう、二度と踏み入れることができない不安がいまでも続きます。
現在も親戚たちの精神状態が気になっています。
何故なら、高齢になっている叔父、叔母たちが いきなり長年住んだ町に住めなくなる。
今まで当たり前のように、庭いじりして、畑で野菜を作り、田んぼで米を作り、そんな日課が無くなり、今でも親戚の家に避難していますが、とッても気を遣い、5歳も老けたようだと・・・・。
お年を召した方が、環境に慣れるまで とても時間がかかります。
ストレスを抱えながら、子供たちや孫に気をつかい我慢をしているようです。
「考えることがたくさんあって、なかなか寝れない。」
「このまま、自宅に戻れなくなって間借りした家に長いこと世話になりたくない。」
さまざまな「心の悲鳴」が聞きとれます。
今年の日本、あの映像を目の当たりに観て、涙を流す人たちを何度も何度も目にして、感情が揺らがない人はいないと思います。
あの悲しみを、辛さを、映像だけではなくみなさんが感覚的にも受け取ったと思います。
自然の爪あとは、あまりにも惨酷で、あまりにも便利な生活に慣れてしまっていた。
原点をしっかり見つめていかないとならない。
だから、今 起きていることが どれだけ幸せなことなのか・・・・![]()
ちゃんと受け止めて日々邁進していきたい。
私が好きな方の言葉を抜粋。
「苦難は たいてい未来の幸福を意味し、それを準備してくれるものである。」
今日 どんな日にしたいか口にする。![]()
朝、起きた瞬間にすべての感情がリセットされて、実は不安や悩みを一掃された状態がつくられます。
楽しいことを毎日 口にしていきましょう![]()
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