令和4年12/26(10)国道か旧街道か | お遍路 の記憶

お遍路 の記憶

大好きな四国八十八ヶ所参りの、写真や日記を整理していきます。

いにしえからある石の標石

上部に大師様の像が刻まれている、武田徳右衛門標石の特徴の石

「是より浄るり寺へ二里」

浄瑠璃寺まで2×4Km=8Km

お遍路の皆さん、この道標に導かれた。

僕も進む。

続く。からです。

JR松山駅から、あさイチのバスで上って来た、久万高原町。

8時半に久万高原駅から歩き始め、ハプニングもありながら、、

12時を回りました。

三坂峠はもうすぐ、、のはず。

バス停かな?と思ったら、看板と石像でした。

七福神様におタヌキ様(*^^*)

写真を撮っただけで、気付かなかったけど、、

民泊 五右衛門ハウスと書かれていた。

奥の方に、民泊があるのかな

懐かしいようなバスが停まっているな。

幼稚園の頃を思い出した。

上り坂、、てっぺんが見えてきました。

左側に立札

いつもの、へんろみち保存協力会の立札

ありがとうございます。m(_ _)m

浄瑠璃寺、、右ですね

もう一つの標識。松山まで26Km。足元に、、

歩き遍路、斜め右7.6Km

もちろん、斜め右は、、三坂峠遍路道。

雪の道です。

無事に歩くなら、国道を下ってもいい。

どちらでもいい。

こうじゃないといけないわけじゃない。

自分は、、自分は、、なんなん?

自分はどうしたい?

さっき、、雪で悶えてここに来たんでしょ??

国道から脇道へ導く立札に道標

へんろみち保存協力会の平成遍路石です。

さらに、石の道標

愛媛県生涯学習センターデータベース『えひめの記憶』には、、

これは明治20年(1887)に開通した三坂新道を、久万方面から

歩いてきた人に遍路道(旧街道)への道筋を示すために、当時の

峠の茶屋「鈴木屋」の主人が建立したものである。

とあります。

右 へんろミち  左 松山道

、、、やっぱり、遍路道を行く。

決めて、記念撮影、、後ろ姿ですが。

平成19年に、整備してくださっている。

ありがとうございますm(_ _)m

簡易アイゼンを持って来て良かった。

靴の裏に引っ掛けるだけでOK

これで、氷の部分を滑らずに歩けました。

さぁ行くぞ

多くのお遍路さんも、この道を行ったんだ

開けた(*^^*)

もうすぐ行ったら、くだりに入るのだろう。

 

この先で三坂峠をしたから登って来られた二人組の男の人を見ました。

後で知るのですが、行方不明の人を探す、おまわりさんでした。

そんなことは、何も知らず、お気楽に歩く僕だった、、、。

建物に、車の轍が見える。

生活されている。

横を通らせてもらいますm(_ _)m

電柱に札が掛けられています。

鯖大師のお札ですね。

黄色くて、とっても目立ちます。

ここにも、色褪せた遍路札

導いてくださっている。

三坂峠の遍路道 雪の中でお地蔵様が見ていてくださった。

m(_ _)m

行ってきます。

ドアのガラスに「別荘 馬酔木苑」と記されている。

雪は寒いけど、虫は出ないし、変な生き物も出ない。

寒い時の方が、僕は好きだ。

大雪は困りますが、。

シャリシャリ、、ギシギシ、、一歩づつ。。

続く。