令和4年 6/15(1)内子町を歩く | お遍路 の記憶

お遍路 の記憶

大好きな四国八十八ヶ所参りの、写真や日記を整理していきます。

縁側もあり、濡れたカッパなどを干しました。

素晴らしいお宿 やまもも

ゆっくり休めました。

続く。からです。

くり返し、お遍路に来るって、素敵だな。。

地元の神社やお寺も、何回も行くけど、天気や季節で、

「違う姿」を見せてくれたり、

「あっ、、」って、以前に気づかなかったことを知ることもある。

何度も味わう贅沢。

お宿も、いろんなお宿に泊まれたり、

いろんな話を聞けたりする。

いっぱい体験する。

、、、もっと知りたい。

、、、、、もっとお遍路したい。

生きることに、否定的だった僕だが、

「お遍路は大好き」だ。

 

「生きてくことがお遍路だ!!」なのにね。

矛盾を抱えて生きていく。

 

夜中1時に起きた。

何か変な夢を見た。。

夜間、、強い雨だったが、網戸で涼しく休めた。

モゾモゾして、、4時には準備を始めた。

トイレ、、朝食。

前日にスーパーで買った、おにぎり、納豆、みそ汁、ヨーグルト

女将さんからいただいた、スイーツ。

 

そういえば、、このお宿は、女将さんご夫婦の、終の棲家の予定で

建てられたもので、今は空いているので、民宿とされている話だった。

、、、大切に使わないとな。

ゴミは、分別して、洗って、ビニールに分けて入れておいた、

使った食器は、洗って、乾くようにしておいた。

 

ゆとりの時間ができた。

朝の祈り、荷物もまとめ、玄関にセット。

 

前日に6時には出発と伝えておいた。

6時ちょうどに、インターホンが鳴った。

 

女将さんが来てくださった。

素敵な玄関

靴を履いて、振り返り、お宿にお礼

玄関先も、とってもいい(#^.^#)

同行二人、、、

ここは、同宿二人

もう一人は、、、おだいしさま?

たまたまネットで見つけて、電話予約したお宿

素晴らしいお宿に、女将さんに出会えた。

お遍路ハウス・民宿 やまもも

内子町内子885-7

JR内子駅より徒歩5分

 

フルセットの素泊まり3500円だった。

一棟貸し切りキラキラ

さぁ行こう。

女将さんに、ご主人が、見えなくなるまで、見送ってくださった。

(´;ω;`)ウッ…

この日、帰宅する日。

昼まで歩く予定。

行けた先から、町営バスで内子駅に戻り、JRで松山駅に

そして高速バスで、大阪難波OCAT

 

昼まで楽しむぞ~

内子の町並へ向かう

赤いポストさん

懐かしいな

箱型より、こっちの方が、いいな

内子の街並みへ向かう道

信号も「青」だ(*^_^*)

雨は、、あがったようでした

道を、、風景を写した振りをして、、

串カツ屋さんを写す。💦

こちらは、、材木屋さん

内子の風景も全て持って帰りたい

欲求満タン、、、、。

 

家でも、、パソコンで写真を見て、、気持ちで、歩きたい(^^;)

恵比須様m(_ _)m

今って、便利。

パソコンで、グーグルマップで、写真と照合もできる。

、、、たまに、間違いもあるけど。

お店や、伝統的な町並みが、続いていく

橋を渡ります

水が流れる

水面に、空が写る

金毘羅灯籠(常夜灯)

説明書き(2005年12月撮影)

この灯籠は、天保二年(1831)内の子村の二七の商家の世話で建立

されたものです。その頃内の子村へは、四国八十八ヶ所参りのお遍路

さんたちや、讃岐(香川県)の金毘羅参りの人たちがたくさん泊り、

その人たちの道しるべになっていました。

初めは、本町の郷の谷川岸に建てられていました。大正元年(1912)

内子町に電灯がつくまでは、六日市一丁目・二丁目の人が輪番で、

朝夕灯明を上げていたものです。

とのこと。

漆喰の壁の家、金毘羅灯篭

古から、とても賑わったことでしょう、、、

続く。