令和4年 3/8(18)四国第40番霊場 平城山 薬師院 観自在寺➁ | お遍路 の記憶

お遍路 の記憶

大好きな四国八十八ヶ所参りの、写真や日記を整理していきます。

大切な文化財

美しくて、いつまでも見ていたい。

続く。からです。

観自在寺の境内を見て回りたいと思います。

手水舎前の石仏

胸の前で手を合わせた仏様方

その横は、天皇の松

ホームページによると、、

平城天皇御手植えの松と伝えられた古木であったが

昭和19年の台風で倒れた。

その切り株の中に昭和天皇の御手植を頂き名残を残している。
とのことです。

手水舎横にはお地蔵様が見えます

赤い御帽子の姿も美しい お地蔵様

お忘れ ぽっくり 地蔵様

上の木の枝から スズメちゃんが呼んでくれました。

ちゅんちゅん♪

「縁」と刻まれている石

平成17年の弘法大師入唐求法1200年記念の参道整備

について刻まれている。

「虚往實歸」

むなしく往きて、満ちて帰る・・・。

大師様の本などに書かれていて、見たことがある。

大師様が唐の国に行って、恵果阿闍梨から真言密教を

受け継いでとてつもない宝を持って帰られた。

求める気持ちがあったからこそ、縁によって、満ちて帰る

ことができたのですね。

 

大師様と比べることはできないが、お遍路もそうでありたい。

境内中央の階段

2本の石柱

「大師値遇」「随縁往来」と刻まれている

その右側

鉢を持つ 修行大師様

南無大師遍照金剛m(_ _)m

 

掲示板には

お大師様が「弘法大師」の名を賜って1100年のポスター

その脇に並ぶ大師様と仏様

大分縣南海部郡 西上浦村の方の名と

御荘村和口 の方の名が刻まれている。

左側には、、

新四国八十八か所修復記念の石碑と

第一番と刻まれている仏様

一番だから、釈迦如来様でしょうか

大阪西区の鐵工所の方の名が刻まれている。

その脇にも二体の仏様

大切に囲われた井戸

弘法大師御加持水 勅使井戸

大切な行事の際に使われてきたのでしょうね

境内は、見るものがいっぱい。

すぐに、次に進まないで、ゆっくり腰を下ろして

空気もいっぱい吸いたいし、

この場を味わいたい。

体験したい。

初めて歩いた時は、飛ぶように走るように、

参って、納経帳にしるしを頂いて、、

早く回りたくて、、次に行きたくて、

頭の中は、そこに無く

すぐ次に、飛ぶように走るように去った。

何も見ていなかった。

、、、家に帰ってから、あ~、、、って思った。

時間も無いかもしれないが、、、ゆっくり行こう。

「慌てると間に合わない、急ぐと辿り着かない。」

歩いて、体験して、そう思ったから。