その人は息子と同じ楽器を専門としていた。その教室その時間帯では皆で集まって合奏をする時間だったのだがパートに関して直接的な指導をしてくれる人がいなくて、どうやら大学から呼んでくれたらしい。
あいさつをしようと帰りがけに声をかけた。名前はまだ知らなかった。
『あ、あの0x専功のXxの母の〇〇と申します。息子がお世話になります。』
『あっ。あの、あ、はい』
..なんとなくたよりない。大丈夫なのかこの人。目線も合わないし。あまりうちとけない頑なな感じの表情。その時はあまり良い印象ではなかった。
クラシックの教育は早くて4、5才遅くとも中学生ぐらいから始まる。途中リタイアも多いが専門家として続けるには毎日の練習、週1~2回のレッスン通い、コンクールなど日々多くの時間が音楽に浸り切った生活となる。関わる人間も音楽家かそれ以外かに分類され、まるで特有の言語を持つ民族のようになってくる。
人によるが、表には出さないものの音楽家以外には排他的になる輩も中にはおり、口うるさい保護者(私)が実はしばしば煙たがられる存在である事もよくわかっていた。
まあだんだんに慣れてくれるだろう。それに年度が変わったら別の人がまた来るだろうし。
その時はそんな風に考えた。
でも声をかけた時に、ちらっとこちらを見た表情や、見た目よりも意外に落ちついた、よく通る低い声が耳に残った。