調査日誌190日目 -室原の滝②- | 『大字誌 浪江町○○』調査日誌

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2024年5月9日。

 

前回から「室原の滝壺」と称された「室原瀑布」について検証しています。本日も『奥相志』(東京大学史料編纂所蔵写本4141.26-20。原本は相馬市指定文化財)より「室原の滝壺」の記述を見てみたいと思います。適宜、読点を付したいと思います。

 

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北有不動堂、称滝不動、自此地可臨見滝、滝下有陰瀧、自此見本瀧于上、云旱歳雩此瀑、則忽有験、祈雨者潔斎有入淵低(ママ。底ヵ)者、探石下飛而入淵、然不得至水底、浮出云、或云、水練者附藁与縄于腰、入潭而作草鞋而出、滝水後有空地、入于此造草鞋者乎、

 

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簡単に現代語訳を。

 

「室原瀑布」の北には不動堂があり、滝不動と称していました。この場所より滝を臨み見るとよいでしょう。滝の下に「陰滝」がありました。ここからこの滝の上を見て、日照りの歳にこの滝で雨乞いをするとたちまち効果が現れたということです。

 

雨乞いする者が潔斎のために淵の底に入る者がいました。石を探すために淵に入ったところ、淵の底に達することはできず、浮き出ると言います。

 

また、泳ぎが得意な者は藁と縄を腰に付けて、この淵に入って草鞋を作り出たとのことです。抜きのうしろに空き地があるので、ここで草鞋を作ったのでしょうか。

 

以上が、「室原瀑布」の後半部分の現代語訳です。

そういえば、この「室原瀑布」について、「不動滝」という名称だとうかがいました。ご存知の方はお教えください。あと、不動堂の存在については『奥相志』編さん段階でも確認できないので、すでに近世後期には失われていたものと思われます。

 

なお、『奥相志』東京大学史料編纂所蔵写本には「室原瀑布」の絵が描かれています。