8月10日水曜日。晴れ時々雨。
NYは、雨が降ったと思ったら晴れて来て、しばらくしたらまた雨が降るという、とにかく蒸し暑い天気。

今日からサマーバケーション。ドイツに行ってくる。

2011年にヨーロッパ放浪の旅に出たあと、自分が、近年世界で起こっていることを、何も知らないことに気づいた。それ以来、本を読んだり、映画を観たりして、少しずつ情報を吸収するようにしてきた。
ネットで、歴史を学ぶのにオススメの映画を調べて、Netflixに片っぱしから登録していった。そして、この1〜2年の間に、第二次大戦中から冷戦時代のドイツの映画を、時には、その歴史の重さに負けそうになりながらも、たくさん見た。見た映画は、こんな感じ。

☆Downfall ヒトラー最期の12日間
☆☆Bridges of spies ブリッジ オブ スパイ 
☆The great escape 大脱走
Saving private Ryan プライベートライアン
☆☆The lives of others 善き人のためのソナタ
The monuments man ミケランジェロ プロジェクト
☆☆Life is beautiful ライフ イズ ビューティフル
☆☆Woman in gold 黄金のアデーレ 名画の帰還
☆☆Sound of music サウンド オブ ミュージック
☆☆Schindler's list シンドラーのリスト
☆Pianist 戦場のピアニスト
☆The boy in the striped pajamas 縞模様のパジャマを着た少年(日本未公開かも)

☆☆はもう一回見たい、特にオススメの作品。

どれも、出てくるナチのドイツ人が、冷酷で血が通ってなくて、人間味の薄い感じで描かれている。あまりに冷たいイメージがついてしまったので、現代のドイツ人はそんなことないよね、今ドイツで生きている人とたくさん会って、不安を払拭したいという気持ちがひとつあった。もちろん、私の周りにも、ドイツ人の知り合いや友達が何人かいて、みんな優しくていい人たちなんだけど。

・・・ここまで書いていて、ある人たちには、この文章の「ドイツ人」のところを「日本人」に入れ替えて、同様に思ってる人も世界にはいるだろうなと思った。戦争中の日本が犯した蛮行を見聞きして、日本人こわいと思ってる人。そう思うと、いま日本を出て生きてる私は、現代の日本人のいち代表として、戦争中の汚名を返上するような、いいイメージを世界に発信していかないとね。。

それから、映画で描かれていることと同じようなことが、本当に果たして現実に起こったのか、歴史の記憶を自分の目で見に行きたいと思った。そして、その負の歴史から立ち直った、いまの姿も見てみたい。

そういうわけで、この夏のバケーションは、歴史学習と、現代のベルリンのアートに触れる旅にしようと思い立った。

蒸し暑いNYを出て、約8時間。ベルリンに到着。予想どおり、ちょっと涼しい🎶

ホテルに行って、シャワーを浴びたら、街に繰り出すぞ〜!
仕事見つけるのって、大変だなぁ~。
資格持っているし、経験も積んだから、もっと簡単に見つかると思ったのに、甘かった。。。
仕事してないと、社会からはみ出してる感じがして、その取り残された感が、ナントモ辛い。そのうち忙しくなるよ、とか、周りに励まされながら、なんとか、生きてた4月上旬。。。

「今日の予定は?」
「午前中、仕事探して、いいのがあれば、履歴書送って、午後は、陶芸。。。」
みたいな日々。別にいいんだけど、やっぱり、仕事してないと、生活のメリハリがなくて、午後からはりきって、陶芸行こう!みたいな明るい気持ちになれない日もあった。

そんな中、私がper diem (先方が必要な時だけ仕事する)で働くクリニックAのオーナーから、「ニューヨーク市内で働いてる、コロンビア大学院時代の友達も、人手が足りてないみたいだから、連絡してみてあげる」と言われ、その反応を見ることにした。そしたら、マンハッタン・ミッドタウンでクリニックをオープンしている人が、私に是非来て欲しいと返事をくれた。偶然にも、その人は日本人のPTで、日本人の患者さんが多く来るから、ちょうどいい!ということになり、早速、面接に行ってきた。

場所は、ミッドタウンのオフィス街で、日本の食料品店や無印があったり、レストランも多い地区。日系の企業も多くあるところで、日本人にはもちろん便利なところだし、大きな駅の近くで、人の往来も多い場所。
そこでPTを開いているYさん。もともとは、ゴルフの怪我が専門のPTだけれど、知識も経験も豊富で、一緒に働くといろいろ勉強させてもらえそう。今のところ、一人で患者さんを診ているけれど、それ以外にも、保険の請求業務をしたり、マネージメントの仕事があったりと、1日12時間、週6日働いて、小さいお子さんも2人いるから、忙しいみたい。マンハッタン郊外での仕事がある、火曜日と木曜日の週二回、働いてくれるなら、ありがたい、と言われ、こちらとしては、願ってもない機会なので、二つ返事でオッケーした。

最初は、患者さんの数も少ないので1日3時間。でも患者がいてもいなくても、一定額の給料は保証してくれて、患者が3人以上増えたら、時給をその分アップしてくれる、という契約で、最終的に患者が増えれば、週2回、1日7-8時間コンスタントに入るようにしようという感じ。
この仕事が、4月末から少しずつ始まって、今3週間ほど。まだまだスローなスケジュールだけど、少しずつ、患者さんが増えていってるかなという感じ。

そして、例のper diem (先方が必要な時だけ仕事する)のクリニックAのオーナーが、4月末から1週間、奥さんの誕生日祝いにスペイン旅行に行き、さらにその次の週には、イタリア・ローマに、競歩の世界大会に遠征に行くことになり、そのカバーを頼まれた。患者さんとメールのやり取りをして、予定を決めていき、最終的には全部で週に25回分ほど患者さんを治療することとなった。
この2週間というのが、さっき話した日本人のクリニックBでの仕事始めと重なり、さらに、谷間の週末は2日とも、さらにその次の土曜日も、病院での仕事が入っていたので、結局、13連チャンで、仕事ということになってしまった。
でも、今までヒマしていたし、そんなにキツい訳でもなかった。クリニックAの方は、家から歩きと自転車で15分ほど。患者さんの多くは働いていて、仕事の前と後に来られる方が多いので、私の予定も変則的になる。朝、患者が3-4人、昼すぎに2人、夕方からまた2-3人といったスケジュールで、合間に家に帰って、ランチを食べたり、夕食の下ごしらえをしてから、夜のお仕事に向かったりしていた。火曜日と木曜日は、朝、クリニックAの患者さんを2-3人診て、ランチ食べたらクリニックBに向かって、また患者さんを1-2人見る、といった感じ。

クリニックAの患者層は、場所柄、30-40代の専門職系で、しっかり教育を受けたスマートな感じの人が多く、アポをすっぽかしたり、ムチャ言ったり、ごねたりしない。ロスにいた時は、こういう苦労が時々あったけれど、ここではそんなストレスもなく、PTが1日何人患者を診たかということにしか興味がない上司がいるわけでもないので、すごく仕事がやりやすかった。

クリニックAのオーナーが帰ってきた後も、幸いにも、引き続き私の治療を受けたいという患者さんが何人かいて(これは、事前にオーナーに了承を得ていて、忙しい彼の負担を減らすため、私のことを気に入った患者さんは、引き続き診ていいという話をしていた)、その患者さんのケアが週に8-10時間分。そして、クリニックBの仕事が週に6時間(軌道に乗れば、16時間ぐらいかそれ以上伸ばせる)。週末は、月に3日病院の仕事。
どれも、per diem (先方が必要な時だけ仕事する)扱いなので、その分少し時給が高くなる(保険や有給はないけど)。合間に陶芸行ったり、有給の申請に気を使ったりしないで、旅行に行ったりできるのがありがたい。働いた分しかお給料が出ないので、安定性には欠けるけど、今の私には、PT以外のことにも時間が取れるような、融通の利くスケジュールが一番いいので、文句はない。これでしばらく様子を見てみようと思う。


しばらくここに住んで、人脈もできてきたら、ひょんなことから、いろんなチャンスが舞い込んでくるかもしれないし。人生、縁と運とタイミング!そのために、やることやって、そういうチャンスをモノにできるように、日々アンテナ張って、準備しておかないとね。
こうして、ようやく仕事のメドもついて、ニューヨークライフも軌道に乗ってきた感じ。短い人生は一度きり。毎日いっぱい笑って、充実した日々になりますように!そして、引き続き、仕事にも精進します。
あれ、仕事決まって、もうがっつり働いてるんじゃなかったっけ?
と、お思いのみなさん。。。
世の中、そんなに甘くないんスよ。。

まだまだ後日談があるので、書いておきます。

3月の初めに、就活の最後のブログをアップした時は、こんな感じだった。

1、 月に3週末日、整形外科専門の大学病院の急性期病棟での仕事。
2、 すんなり決まった、訪問ケアの仕事。
3、 家から近いところのクリニックで、そこのPTが遠征に行っているときにper diemとして働く仕事。
この3つを並行しながら、しばらくやっていくぞ~という感じだった。その後、どうなったかというと。。。

まずは、その後の仕事状況。
1、 これは、その後も順調に続けている。人手が足りなければ、月に3週末日、ときには平日も働いたりする時もある。大学病院ならではの、いろんなタテとヨコのつながりが面倒くさかったり、融通の利かないしがらみもあったりするけど、まあ月3週末日なので、そんなにストレスに感じることもなく、やっていけてる感じ。

2、 これは全くの誤算!というのも、この訪問ケアの会社からも、per diem(先方が必要なときだけ働く)の契約で、週に何回か、ほかのper diemの人もひっくるめて、「この住所の患者がPTを必要としているけど、行ける人は連絡ください」といったメールが来る。それが、自分の行きやすい場所であれば、会社に連絡して詳細を聞き、患者の家に行って、治療が始まる、というシステムなんだけど、その紹介される患者というのが、ことごとく、家から遠いところばかりで、まったく箸にも棒にもかからない。
あとで、フルタイムで訪問ケアをしてる友達に聞いたら、フルタイムの人は、例えば、マンハッタンのこの地区担当と決められていて、1日で、その界隈にいる患者さんの家を5-7軒ぐらい回る。患者が多すぎて、そのフルタイムの人が診られないケースのみが、per diemに回ってくる。何しろ、先にフルタイムの人のスケジュールを埋めないといけないし、per diemは、そんなに必要ないみたい。特に、うちの近所は、PTの人口密度も高そうだし、とにかく、2月の終わりに契約を結んでから、1回も患者を回してもらってないし、ここに所属してる感は、まったくない。

3、 ここは、私の理想とする、「患者1人につき45-60分、一対一でじっくり診る」というクリニック。3月にオーナーPTが、スノボのワールドカップで1週間スペインに行っている間、彼の代わりにクリニックに来る患者さんを診ていた。そして、彼が帰ってきたあとも、2人の患者さんを引き継いで診ることになった。とってもいい環境なんだけど、ネックは、仕事は彼が遠征に行っているときしかない、ということ。それ以外は、週に3時間ほどで、ひ、ひまだぁ~!!と狂いそうになってきた。



そういうわけで、3月末に旅行に行って帰ってきてから、またまた職探しをすることにした。

旅行に行く前に応募していたところから、旅行中にメールが来て、帰ってきて早々に面接に行ってきた。
そこは、最新の機器を使って、患者の筋肉がちゃんと使われてるか測定したり、空気圧によって重力を減らして、歩くときの負担を減らすようなAlter Gという機械を使っていたり、なかなかハイテクなクリニックで、こういうところで新しい技術を学ぶのもいいなあと思っていた。

オーナーのPTと面接して、正直に、フルタイムじゃなくて、パートタイムでの勤務を希望すると伝えた。それが、オーナーの彼には引っかかったみたいで。
パートタイム以外の時間に、「PTが遠征に行っている間をカバーするper diemの仕事を、アッパーイースト(セントラルパークの東側)でやっている」というと、それは、”Direct conflict of interest” だと言うのだ。つまり、PTが必要な患者がいて、その人をどこかのクリニックに紹介するとなった時に、このクリニック(アッパーウェスト=セントラルパークの西側)か、per diem をやってる東側のクリニック、どちらを紹介するかで、conflict (対立、衝突)が起こる可能性があるというもの。私としては、2つのクリニックはセントラルパークを挟んで東と西で、だいぶ離れたところにあるし、患者さんの家や職場に近くて便利な方を選べばいいから、そういう問題はないんじゃない?と思うんだけど、オーナーの彼曰く、そこのクリニックの患者は、東側からも、もっと遠いところからも来るから、患者の奪い合いになるから、ダメだという。
そして、彼のクリニックで教える知識や技術を、他で使われるのなら、教える意味がないという。フルタイムなら、新しい知識を教えて、自分のクリニックで患者への治療に還元させるのはいいことだし、例えば、パートタイムでも、仕事以外の時間に家族のケアとか全然関係のないことをやっていればいいけど、他のクリニックで働いているなら、ここで学ぶだけ学んで、他で使われる、その持っていかれる感じが、気に入らないんだそうな。
その他、彼のPTに対する哲学みたいなもの(せっかくPTスクールに行くなら、高い知識と技術を求められる整形外科外来などの分野に行き、それに精進し続けるべきで、病院で急性のPTケアなんて甘い、だいたいその仕事には、PTスクールに行くほどの教育はいらないとか、マンハッタンでの訪問ケアについては、タクシーだのエレベーターだの、いくらでも移動の手段があるのにわざわざPTが家に行く必要はない、倫理的に保険を悪用している気がするとか)を聞かされ、なんかここで働くと面倒くさそうだなと思って、話だけ聞いて帰ってきた。

なかなか、大変だわ。。。
つづく。