8月11日木曜日。晴れ時々曇り。朝晩は10℃前後、日中は15〜20℃の予想で、湿気もなくて過ごしやすい(これも、8月のこの時期にベルリンに来ることにした理由のひとつ)。
朝7時半ごろ着陸して、ホテルに直行。シャワー浴びて、朝ごはん食べたら、出発!
まずは、チェックポイント・チャーリーと壁博物館へ。
冷戦時代、西と東ベルリンの間にあったベルリンの壁を、通過するための関所だったところ。
ベルリンの壁は、東ベルリン市民が西側へ逃亡しないため、つまり自国民を閉じ込めるために、作られた。
東側から西側を見たところ。
西側に入ってすぐのところに、資本主義の象徴とも言えるマクドがあるのが、皮肉っぽいでしょ。
西側から東側を見たところ。
トム・ハンクス主演のブリッジ オブ スパイという映画は、冷戦時代にアメリカで捕まったソビエトのスパイと、ソビエト側で捕虜になったアメリカ人空軍兵と学生を、お互い相手側に交換して引き渡す交渉をする話。この映画の最後の方で、チェックポイント・チャーリーにソビエト側が現れるかどうかの緊迫した状況が出てくる。
壁は、一枚ではなくて、間に緩衝地帯があって、脱出しようとする人が壁を乗り越えても、足跡がつく砂地があったり、電気が走るバリケードが張り巡らされ、鎖でつながれた番犬がいて、監視塔からサーチライトで照らされて、マシンガンで撃たれる危険もあって、西側に逃げるのは、命がけだった。
チェックポイントの横にある壁博物館には、人々がどうやって、西側に脱出したかという話が4ヶ国語で、写真も交えて壁一面にびっしり展示してあって、正直気後れした。
"脱出は発明の母である"という格言がぴったりくるように、スーツケースに入って隠れて検問所を抜けた人、車を改造して隠れたり、ゴム製ボートでバルト海から対岸を目指した人、深夜に熱気球を飛ばして西側に降り立った人、子供を買い物用の幌付きカート(おばあちゃんがスーパーに行くときに家から持っていくような、あのあずき色のやつ)に忍ばせて、地下鉄で西側に渡った人。。
西側の人も、東側に閉じ込められた恋人や家族、友達を助けるために、共犯になるのを承知で、西側への脱出を手助けした。東側の人の中には密行業者にお金を渡してでも、自由と安全を求めて、危険を冒して西側へ向かう人もいた。
そのことを考えると、いまのドイツが難民の受け入れに積極的なのが、すごく了解できた。分断時代に、自分たちも、命がけで自由と安全を求めた記憶があるから。シリアやアフガンから、地中海を渡ってくる難民が、多くの危険を冒してでも求める、自由と安全が、どれだけかけがえのないものかを知っているから。ドイツでも、世論は難民受け入れ反対に傾きつつあるけど、それはこの東西の分断時代の苦しみを味わっていない人の意見で、自由の尊さを知っているベルリン市民は、比較的寛容じゃないかなと感じた。
チェックポイント・チャーリーをあとにして、次は、美術館へ。
いくらなんでも、立て続けに歴史モノに行くと、どよーんとするので。
Martin-Gropius Bau.
マーティン グロピウス 美術館。
今回は、NYでも見たことがある、南アフリカのアーティストWilliam Kentridge。このMore Sweetly Play The Danceってのが大好き!何枚ものパネルに、アフリカの人が行進する影絵を、音楽とともに投影するダイナミックな作品。ここで再会できてうれしかった!
他にも、巨大かつディティールまで鮮明な写真(特に美術館の観覧者の写真が有名)を撮るThomas Struthの作品も。
ちょっと小腹が減ったので、ミュージアムカフェで「クイックスナック(すぐ食べられるおやつ)」欄にあった、ウィンナーとジャガイモをオーダー。飲み物は、ドイツでスパークリングウォーターといえば!?(つまり、ビール)を飲んで、少し復活。
美術館の横にある、Topography of Terror へ。
元は、ゲシュタポのヘッドクオーターだったところ。第一次大戦後、多額の賠償金を払わないといけなくなったドイツで、失業率も上がって、さらに世界恐慌が追撃ちをかけて、経済ががたがたのところにナチスが入り込んでくる。そして、ナチスの台頭から、多くの悲劇が生まれる。
その過程を、たくさんの写真パネルで説明してある。
ヒトラーは、まず共産主義者を排除し、同性愛者、障がい者、精神異常者、さらに、彼に反対する者、そして、ユダヤ人をどんどん排除していく。
途中、あれ、この過程、なんかに似てる?と思ったところに、この言葉を見て、あっ!と思った。
The spirit of "National greatness"。アメリカ大統領選でのトランプ氏のスローガン、Make America great againに酷似してる!
ムスリムを排斥して、壁(これまたベルリンの壁とかぶる)を作って、メキシコ人も締め出し、白人万歳の国家を作ろうとしてるトランプは、ヒトラーと同じような道を辿る危険があるように見えてこわい。ここに来ると、ヒトラーとトランプの類似性が見えてくるから。ただアメリカ国民がトランプを選ばないという、賢い選択をしてほしいと祈るのみです。。。
この、多様性が排除されて、みんなが同じ方向を見て、同じ人を崇拝している写真を見ると、背筋が寒くなる。。。
ドイツは、ナチスによる被害者と同時に、加害者も同時に、同じ国内にいたので、こうやって、戦争責任を問う議論も活発で、いろんなところに、加害と被害の両方を知るための記念館や記念碑がある。日本の場合は、国内では被害を受けたことに対する意識はあっても、日本が加害者の立場にあったのは、国の外、つまり、パールハーバー、朝鮮半島や中国やアジアの国々で、日本から被害を被った人の声が遠い分、加害者意識が少ないんだろうな。もちろん、日本の学校教育で加害者の部分を教えないのが、大きな理由だと思うけど。
もと同盟国だったドイツと日本の、いろんな違いを考えると、とても興味深い。
壁の東側。
じっくり展示を見ているうちに、あっという間にディナーの時間!
一旦ホテルに戻って、レストランに行き、夕食を済ませて、夜はゆっくり休みます。。。
長い一日だった!