8月15日月曜日。晴れ。気温20度前後の気持ちのよい日。

今日は、朝からヴァイマールの街を散歩して、昼から移動。

国立劇場。
ヴァイマール憲法が署名されたところ。
前には、ゲーテとシラーの銅像がある。
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バウハウス博物館。
機能的でセンスのいい家具の先駆けを生み出したバウハウス。
ただ、こんなに直線&直角の椅子だと、PTの視点からすれば、腰に悪いでしょ!この椅子に8時間座って仕事してたら、誰だって腰痛や肩コリになりそう。
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このベビーベッドも、ステキだけど、赤ちゃんが暴れたら、くるんと一周して、逆さまにひっくり返るでしょ!?
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ここから発展して、ミッドセンチュリーと呼ばれる20世紀半ばに、家具のデザイナーが、イームズチェアーのような、めちゃめちゃ座り心地のいい、かっこいいデザインの椅子を作ったりしたんだから、近現代の家具作りを語る上では、バウハウスはとても重要な意味を持つと言える。この時代の家具は、座り心地のよさとか、赤ちゃんの安全性じゃなく、デザインと、大量生産が簡単なものが求められていたみたいだけどね。

ヴァイマールは、磁器で有名なマイセンの近く。街の中には、こうやってそこでろくろを回しながら、できた作品を売っているところがあった。
こういうの、いいなぁ〜。NYでは家賃が高すぎて、とてもムリだけど。
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バウハウス大学。
校舎の前にある、巨大なイス。さすが芸術系大学だけある。
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音楽家、フランツ リストの家。
なかなかの美男子で、当時、ポール マッカートニーみたいに、ピアノのコンサートをすれば女の子がきゃーきゃー言うような人気っぷりだったらしい。
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その隣の家。
スタジオジブリの映画に出てきそう。
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街並みも、石畳でかわいい。中世にタイムスリップしたみたい。
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お昼ごろ、ホテルに戻ってきて、荷物を詰めて、出発!

次なる目的地は、ドレスデン。

第二次大戦末期、1945年2月の爆撃で、壊滅的な被害を受けたけれど、長い時間をかけて、元のように再建、修復された街。

ヴァイマールから、2時間ほどで、ドレスデンに到着。
ホテルにチェックインしたあと、早速、観光へ。

レジデンツ宮殿。
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ザクセン王国の王様の居城だったところ。時間指定の入場券を取って、豪華絢爛な宝物が展示されている「歴史的緑の丸天井」に入る。(写真撮影は禁止されてたので、パンフレットの写真で雰囲気をどうぞ。)

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上の部分にある口の部分に玉を入れると、玉がくるくると落ちていって、下から出てくると、ちょうど1分という時計。

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最初が琥珀の間、象牙の間、銀の間、宝石の間、銅の間、とあって、どの部屋も壁に鏡がかかっていて、ただでさえまばゆい財宝の輝きが、鏡に映って、2倍3倍に見える。18世紀当時のアウグスト強王がどんだけゴージャス志向だったかがよくわかる。この豪華な部屋も、爆撃で半分以上破壊されて、焼け跡から取り出せたものもあれば、焼失したものもあったみたい。
銀や宝石やその他貴金属は、第二次大戦よりずっと前の戦争の際に、武器を作るために供出されて、溶かされたらしい。日本でも、戦争末期に、鍋や鍬を溶かして、兵器を作ったけど、もと台所にあったようなもので作った兵器って、いかにも弱そうだよね。というか、庶民の生活必需品までも、兵器にしようってところが、もう戦争に勝てそうにないことを象徴してるよね。宝石が溶け込んだ方が、強くて硬そうだけど、豪華な宝石を武器にするなんて、もったいない!まあ有り余るほどあったんだろうけどね。

レジデンツ宮殿の塔の上に登る。
上からの眺めが最高!

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この美しい風景。70年以上前、近くに航空機の工場があったので、連合国の標的にされ、爆撃で壊滅的に破壊されたあと、長い時間をかけて、修復されたとは信じがたい。そして、その被害と復興に関する博物館がないのにもびっくりした。あったのは、何枚かの写真のみ。

1946年当時。
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思えば、ドレスデンもヴァイマールも、長い長い歴史がある街で、第二次大戦や旧東ドイツだった時代は、その内の、ほんの一部にすぎないし、市民はみんな、その時代のことを思い出したくない、豪華で強かったザクセン王国の記憶をとどめたいので、20世紀以降の歴史を記す記念館とかが、ないんだろうか?

ここドレスデンでは、保守的な右派の人が多いようで、毎週移民反対のデモがあるらしいし。

さて、ドレスデンで楽しみにしてたのがワイナリー。この地で採れて、他で出回らない、ゴールド リースリングという白ワインがあるらしく、ドレスデンから車で20分ほどの、ラーデボイルというワインの産地にテイスティングに行くことにしていた。

ガイドブックとウェブサイトでチェックしたら、夏の間は、お店は毎日午後8時まで、レストランは10時まで開いてるらしい。
車で向かって、着いたの、7時すぎ。
テイスティングできるお店に、人はいるのに、鍵が閉まってる。
よく見るとドアに、7時閉店(らしき)貼り紙が!うそぉ!?
それでも、レストランはやってるよね?と思って、行ってみると、お客さんはいるのに、店の一部に固まって座って、なんか様子がおかしい。ウェイターに聞くと、夏の間は、月曜日は休みで、今日は貸し切りの客のみなんだって!当然、ドアの貼り紙にはそう書いてあるけど、外の垂れ幕やウェブサイトには、夏は毎日やってるって書いてるのに!
むかつくぅ〜〜!!

周りのワイナリーも、ほとんど月曜日はお休みで、仕方ないので、写真だけ撮って帰ってきた。

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ドレスデンまで戻ってきて、ホテルの人に聞いて、現地のワインを出すレストランに行くことにする。

何とかめでたく、ゴールド リースリングにありついて、目的達成!味は、最高!とまではいかないけど、料理ともマッチして、おいしかった!

今日も長い一日だった!
8月14日日曜日。晴れ時々くもり。

今日は移動!
ホテルをチェックアウトして、レンタカーを借り、南へ。

制限速度のないアウトバーンに乗るのは初めて!
3車線で、真ん中のレーンにいて、150kmぐらいで走ってたら、右車線から、ぶぅーーーんと車が追い越して行って、あっという間に見えなくなる。ということは、160-170kmで走ってるってこと。そんなに飛ばして、どこ行くの!?と思うけど、これこそドイツ人のメンタリティーらしい。血の気多そうだし。。

渋滞を抜けて、約2時間でデッサウ到着。

バウハウス!
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1919年にヴァイマールに建てられた建築・デザインの学校。1925年にデッサウに移動して、ヴァルター グロピウスによって、建築された。かの有名なパウル クレーやカンディンスキーなども教鞭を執った学校。
ナチスの圧力に屈して1933年に閉校に追い込まれた。

ガラス張りの美しい外観。

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バルコニーが素敵!
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入り口の赤が映える。
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カフェも斬新な色遣い。
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建物や展示エリアも、さすがのセンス!
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バウハウスの教授たちの住居、マイスターハウス。
グロピウスの家。
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パウル クレーの家。
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デッサウを出たら、またまた渋滞につかまりながら、2時間弱で、今日の目的地、ヴァイマールに到着。

市庁舎。
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マルクト広場。
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かわいい街並み。ザルツブルグみたい。
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でも、8月中の日曜日ということもあって、レストランは閉まってるところが多いし、英語が通じにくいし、なかなか不便。

しかも、レストランはソーセージ、ザワークラウト、ジャガイモ、あとは肉、という大味なメニューばかりで、ちょっと長居はできそうにないな。

でも、音楽や芸術にゆかりの深い街で、文豪のゲーテやシラー、音楽家のリストの住居や、バッハの生家もある。バウハウスは、もともとヴァイマールにあった美術アカデミーから生まれたし(でも保守的な街には合わず、デッサウに移転した)、クリエイティブなアイデアが生まれる街なのかも。

明日の朝、街を散歩することにします。

8月13日土曜日。晴れ。引き続き、気持ちのいい天気🎶

ランチを食べたあと。
まだまだ今日の予定がてんこ盛りなので、自転車を借りて動き回ることにする。

そして、またまた、本日2度めのドイツ歴史博物館へ。
1848年にヨーロッパで起こった革命のところから、午前中の続きで、見て回ったんだけど、正直、右から入って、左に抜ける感じで、よく理解できなかった。そっから、どうやって第一次大戦に向かったかが、わかったらよかったけど、どうも、頭から湯気が出てくる感じで、飲み込めなかった。。
それにしても、この博物館、第一次大戦前までで、一階丸ごと、そして、ふたつの戦争と分断時代、その後をもう一階で占めていて、収められた情報量が膨大すぎて、とても1日で全部理解するのは不可能だった。結局、ヒトラー登場前まで見学して、終了〜。またリベンジに来るかな〜。もうちょっと勉強してから来ようっと。

時すでに、4時半。
急いで自転車に乗って、ハンブルグ駅現代美術館へ。

もとは、ハンブルグへ向かう電車の駅だったところ。
贅沢に空間を使って展示してある。
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メインフロアには、カール アンドレ。
アメリカのミニマリスト。
物を配列の美しさを「これがアート!」と発表した。
トイレの便器にサインして、「このサインがあるから、この便器はアート作品だ」と主張した、マルセル デュシャンの流れですね。
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そして、トルコ人女性アーティストGulsun Karamustafa の展示。
祖母がブルガリアからトルコに移住してきた経験を聞き知って、移動、不安定さ、アイデンティティーなどをテーマに作品を発してきた。

この作品、Courier に添えられたキャプションには、「国境を越えるとき、私たちは、大切なものを、子供のベストの内側に縫いこんで隠した」とある。
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そして、Mystic Transport。前述の作品と同様、1990年代に発表されたこの作品は、色あざやかなサテンのキルトのブランケットが、いくつもの金属のカゴに入っていて、観る人は、自由にカゴを動かすことができる。ブランケット=難民や移民、ホームレスが、どこでも寝られるように持ち歩くもの、カゴ=彼らの必要最小限の持ち物を入れるものを象徴していて、「国際的なノマドイズム(ノマド=遊牧民)」を表現している。
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今回の展示は、ちょうどドイツに難民が押し寄せる時期に重なるように公開されていて、これがこの美術館の、(難民受け入れ賛成という)政治的見解なのかと思ったけど、アーティストと展示の契約をしたのは、おそらく2年ぐらいは前、つまり昨夏から難民が急増する前で、そもそも彼女は90年代からこういった作品は作っているので、今回の展示時期がタイムリーだったということ。逆を言えば、90年代、いや、彼女の祖母がトルコに移住した19世紀末から、政治的に激動するヨーロッパや中東で、移住を余儀なくされた人が、たくさんいたということ。
戦争のせいで、多くの人の運命も生活も変わってしまい、それでも、生き抜くために、子供や家族と幸せに暮らせる場所を求めて、移動した人たちの、生きることへの強い思いを感じた。

さて、6時の閉館ぎりぎりまで、展示を見たあとは、またまた自転車で移動。

途中、ブランデンブルグ門に寄ってみた。過去に多くの集会が開かれ、ベルリンの壁崩壊後は、統一のシンボルとなっているところ。
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ホロコースト記念碑。
虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑。

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犠牲になったユダヤ人の数は、500万から600万人と言われていて、強制収容所で亡くなった人の最期の手紙や、犠牲になったユダヤ人家族の以前の生活とその後が展示されている。ナチスに連行されたユダヤ人は、ドイツからだけではなく、周辺のオーストリアやポーランド、さらに、ギリシャや旧ソ連のベラルーシなど、ヨーロッパ全土に渡っていたといい、ヒトラーの民族浄化にかける異常な執着心を見た気がした。

ここから、1ブロック南に、ヒトラーの地下壕があった場所がある。
追い詰められたヒトラーが、妻エヴァ ブラウンと自害したところ。

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ちょっと前に、ヒトラーの最期の日々を描いた映画 Downfall を観た。あの出来事が、立っている地面の下で起こったと思うと、不思議な感じ。
今では駐車場になってるけど。

気がついたら、もう8時前。
自転車で、ホテルに戻って、ディナーに行きます。

今日は、本当に長くて濃い一日だった!