通貨発行益を整理する 通貨発行それ自体は収益にはならない | 批判的頭脳

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通貨発行益には、多くの誤解がつきまとっており、Wikipediaですら以下のような誤った記述を堂々と載せたままである。


シニョリッジとは、政府・中央銀行が発行する通貨・紙幣から、その製造コストを控除した分の発行利益のことである

シニョリッジ wikipedia より


参考文献の方を覗いてみると、『田中秀臣 『経済論戦の読み方』 』などと書かれており、さもありなんといった情景である。


一応Wikipediaの方でも補足はされていて


現代では政府の発行する貨幣(硬貨)について、製造費用と額面との差額は政府の貨幣発行益となっている。一方で中央銀行が銀行券を発行することによって得られるシニョリッジは、銀行券発行の対価として買い入れた手形や国債から得られる利息であり、銀行券の製造コストと額面の差額ではない。これは政府の発行する貨幣との大きな違いである。銀行券は銀行にとって一種の約束手形であり、バランスシート上も負債勘定に計上されるものであるところから、このような違いが生じる


と書かれており、この部分は正しい面もある。

しかし、それでは政府の通貨発行ならそのまま収益になる⇒政府紙幣発行論(高橋洋一など)万歳といえるだろうか。
そうとは言えないのである。



政府紙幣と財政負担 深尾光洋


「 政府紙幣が注目されるのは、表面上は税負担無しで財政支出が賄えるように見えるからである。しかし以下で説明するように、政府紙幣の発行は日銀にゼロ金利の永久国債を引き受けさせることと同じになる。これは日銀の収益を悪化させ、日銀から政府への納付金を将来にわたって減少させる。政府紙幣発行額は、日銀収益悪化の現在価値に等しいため、政府と日銀を連結すれば、政府には財政上のメリットはない。



ここでは日銀定義の通貨発行益(参考 日銀のQ&A、通貨発行によって得た利子収入を通貨発行益と定義する)に着目し、その低下を論じているが、それよりも重要なポイントは、仮に政府通貨発行が財政側で収入になっても、日銀に引き受けられる際、日銀負債になってしまうということである。


政府貨幣(硬貨)は、日銀が発行するものではないが、日銀が負債として引き受けなければならない(日銀負債である日銀券と交換する義務を持つ)ので、市中に存在する硬貨は日銀負債として機能するわけである。(日銀の資金循環統計解説でも、日銀券+硬貨と定義された現金が、中央銀行負債として計上されている)

日銀に引き受けられた際は、政府(財政)に対する債権として機能する。もちろん、政府の方には、硬貨と引き換えに日銀券を渡したりする義務はないので、日銀が保有する硬貨は無利子永久債と全く同じ機能を持つわけだ。


政府貨幣が財政側の純粋な収入として扱えるのは、その資産性の裏で、日銀負債として受け入れられるからである。したがって、統合政府(政府+日銀)で見る場合は、通貨を発行することそれ自体による収入は全く発生し得ない。存在するのは、あくまで通貨発行によって得た資産の利子収入である。


ここで、もう一つ概念を整理する必要があろう。統合政府にとって「益」とは何なのだろうか?

私たち民間人にとっては、「益」という言葉は複雑ではない。通貨を得て増やすことを益だと認識することで事足りる。しかし、資金循環統計を見て明らかなように、(なんの実物価値もない)通貨が資産たりえるのは、その通貨を負債とする主体(直接的には主に銀行であり、根源的には中央銀行・統合政府である)が存在するからである。

それでは、「通貨を負債とする主体」にとって、「益」とはどう捉えられるべきなのだろうか。

これは単純に、負債の回収(償還)であればよいと考える。つまり、通貨の減少という形で考えられるべきだ。

例えば、銀行の場合、企業から利子を得るとして、そのときの会計処理はどうなるだろうか。
これは企業預金の一方的な減少という形で処理される。これにより銀行の純資産(貸出債権ー銀行預金)が増加し、銀行の通貨発行益として機能するわけである。


中央銀行、そして統合政府の場合はどうか。
まずは、単純な通貨発行益(通貨で購入した資産の利子収入)を考える。これは日銀当座預金を回収し、国庫(政府預金)に納入されることになっている。
統合政府で見た場合、政府預金は日銀負債・政府資産として帳消しになる。(そもそも存在しないものであると扱われる) この観点からは、通貨発行益は、日銀当座預金の減少として発現することになる。
会計処理で考えると、実は徴税も全く同じ形態を取ることが分かる。徴税では、日銀当座預金が減少し、政府預金が追加される。統合政府で見れば、日銀当座預金の減少だけが生じる。
通貨発行益と徴税は、極めて似たものなのである。


いずれの場合も、通貨発行によって得た資産を減らすことなく、負債(通貨)を減らすことになっており、名実ともに通貨発行者の利益になっている。
民間にとっては通貨の追加が利益なのに対し、通貨発行者(中央銀行や銀行)にとっては通貨の減少が利益になるから、金融制度の理解が一般市民にとって難しくなるのかもしれない。







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