ブラジルの問題は保護貿易にあるのか? | 批判的頭脳

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最近、以下のようなブログ記事を見つけた。

何やってんだ?ブラジル。 ―高校生からのマクロ・ミクロ経済学入門

上記ページでは、ブラジルでの経済成長率低下とインフレ亢進(スタグフレーション)の進行について、ブラジルの保護貿易が問題だと断言している。


そのことについてコメントしようと思ったが、当該ブログでは何と

「コメントに、意見は書かないで下さい」というルールを守ってください。誰かの意見を読む暇がありません。コメントを開くには、メールをチェックするという時間がとられます。誰かに、自分の時間を浪費されるのは、大変迷惑です。

「おれの意見を、お前は聞くべきだ」というのが、そもそも他人に迷惑です。


という文言が、(驚くべきことに)明記されているので、その文言に従って、向こうのコメント欄ではなくこちらで検証することにする。

まず、ブラジルの平均関税率をチェックしよう。

World Tariff Profiles 2014によると、ブラジルの平均税率(MFN applied)は13.5となっている。G20のほかの発展途上国(IMF分類)と比較すると、インドネシアの6.9、メキシコの7.9、ロシアの9.7、中国の9.9などより高く、アルゼンチンの13.4やインドの13.5と同水準であり、同程度あるいはそれ以上の経済規模の国に比べて確かにかなり高い関税水準ではある。(非関税障壁がどの程度違うかは検討の必要があるが)

しかるに、ブラジルの経済が比較的好調だった2010年(参考:ブラジルの経済成長率ブラジルのインフレ率)の関税率はどうだろう?

World Tariff Profiles 2011によると、2010年のブラジルの平均関税は13.7であり、あまり変わっていないことが見て取れる。同様に、ブラジルと同程度の高関税国であり、2010年に好調で、現在苦境に立たされているアルゼンチン(参考:アルゼンチンの経済成長率アルゼンチンのインフレ率)の平均関税も12.6で、大した変化はない。


にも拘わらずここまで大きな経済悪化があったなら、普通なら、保護貿易"以外"の経済変化があったと考えるべきだ。

2010年と2015年の間に起こった大きな経済変化、それは中国住宅バブルの崩壊と輸入成長鈍化である。




ブラジルの対中輸出は輸出全体の19%を占めており(参考)、二番目10%のアメリカも、北米同士を除けばその最大の輸出相手国は中国である。(参考)また、アルゼンチンはブラジルと中国、アメリカが国単位で見た主な輸出先だ。(参考
これにより、ブラジルとアルゼンチンは、輸出成長の凄まじい鈍化に直面している。

ブラジル輸出
アルゼンチン輸出


この急激な貿易所得の悪化は、もともと経常収支が悪い中で(参考)、為替条件をさらに悪くするものだ。実際、徐々にレアル安が進んでいる。




 マーケットレポート ―新光投信 より引用


レアル安は、2014年6位の対内直接投資があるブラジルから、資金が引き上げられるのを促進しており、対内直接投資は減少トレンドに転じている。





これは確実にブラジル経済を下押ししている。対内直接投資の大きい国では、通貨安の一時的な悪影響が、比較的大きくなるのだ。


これと同時並行で、ブラジルは数多くのインフレリスクを抱えている。

まず、ブラジルはここ数年干ばつが続いており、降水量が減少している。(参考:フォタレザの気象統計
ブラジルは水力発電の発電比率が7,8割ほどある国であり(参考)、これを火力発電で代替するための燃料輸入の増加が著しい。また、降水量減少による農産物生産減退が、食料輸入を増やしてもいる。(参考:ブラジルの輸入統計
これらの供給面の悪化は、レアル安と合わさって大きなインフレ圧力を生んでいる。加えて、輸入増に伴う経常収支悪化そのものがレアル安を進行させるという悪循環もある。

また、WSJの解説記事ブラジル、インフレ高止まりの理由とは 2015/8/10によると『インフレ抑制を狙って電気会社に補助金を支給していたが、コストがかさみ過ぎ、今年に入り補助金を撤廃した。結果、国民の電気料金は倍増している。』とのことである。これは電気料金に対する実質的な増税と見做すことが出来る。これも物価上昇と景気後退を説明する大きな要因の一つだ。

さらに、既に示したように、ブラジルの対内直接投資依存度は高い。したがってブラジルは、経常収支が悪化すると、レアル暴落を防ぐために、国内経済を緊縮する必要がある。そしてそれが、経済をさらに悪化させるという按配である。


このように、ブラジルの現在の苦境は、少なくとも保護貿易のせいではない。もちろんこれは、同程度の保護貿易国家であるところのインドが、ブラジルほどの苦境に立たされていない事実(参考:インドの経済成長率インドのインフレ率)を見てもわかることではある。


さて、これを踏まえてブラジルの経済貿易政策を再考してみる。
まず、今回のインフレに対して、総需要引き締め政策で臨むのは、実はあまり得策とは言えない。
ジョセフ・スティグリッツが『インフレターゲティングの失敗』という論説で述べたことだが、コストプッシュインフレに対してインフレターゲティングを守ろうとする努力は、途上国経済に悪影響を及ぼしすぎているので、コストプッシュインフレに対して利上げで臨むような政策はよくないと断罪した。(この内容からわかると思うが、リフレ系インフレ目標を批判した内容ではないので注意)

しかしすでに指摘したように、対内直接投資の規模が大きいブラジルでは、インフレを抑制してレアル安を抑制しなければ、やはりそれはそれで経済停滞に陥るのである。強烈なジレンマがそこにあると言えよう。

本当は、あらかじめレアルを十分に引き下げておく、という実質的な関税&輸出支援措置を執行し、競争力を高める方がいいのかもしれない。
しかし、それによる生活必需品高騰への反発が政府を揺るがしかねないし、政府や為替の不安があると対内直接投資が弱まり、産業開発が停滞してしまって、意味がなくなる可能性がある。
こうなると、安定した為替で対内直接投資を維持し、それによる競争力低下を高関税で埋める戦略は、ベストミックスとは到底言えないが、現実的な妥協点だと思われる。少なくとも、とりあえず自由貿易を推進しておくという安易な措置を肯定できる状態ではない。


ダニ・ロドリックが指摘したように、安易な自由貿易採用は、むしろ歴史的にはその地の産業発展をつぶしてきた。(参考:新自由主義の概説と批判
もしブラジルがこの国際競争の中で長期的な経済発展を目指すなら、その方法は自由貿易邁進ではないだろう。
アジアNIESや中国のように、最終着地地点が自由貿易である可能性はある。
しかし、『産業競争力を獲得した国が自由貿易へ舵を切っている』という事実は、当然ながら『自由貿易が産業競争力を育成する』ということを意味するものではない。
ブラジルは自由貿易に向かうことのできる段階にはまだない、と考えた方がいい。




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