※一人の仏様が現れて、法を説きだすと正法二十小劫という長い間、仏様の世が続くのです。しかも、信者も仏も一緒に住するのです。それは、死ぬことが無くなるということです。
人類を救う 100万人の法華経入門 『妙法蓮華経授記品第六』について 17
「諸天人民 数(かず)恒沙の如くにして」
諸々の天人民、無数の恒沙の如くにして、
「皆共に合掌し 仏語を聴受(ちょうじゅ)せん」
皆共に合掌して、仏様のお言葉を拝聴したのです。「仏様、次にどのようなことを教えてくれるのですか?」と皆が合掌したのです。
「其の仏は当に寿 十二小劫なるべし」
その仏の寿命は十二小劫です。十二×小×一劫(43億2千万年)です。とてもなく長い時間が仏の寿命です。
「正法世に住すること 二十小劫」
その仏様の正法の世は、二十小劫です。そのような長い間、正法の時代が続いたのです。
「像法亦住すること 二十小劫ならん」
像法が世に住するのは、二十小劫です。一人の仏様が現れて、法を説きだすと正法二十小劫という長い間、仏様の世が続くのです。しかも、信者も仏も一緒に住するのです。それは、死ぬことが無くなるということです。
このように見ていくと、衆生には「仏様が死んだ」と見えても、本人にしてみれば生死を超越しているのです。ずっと昔から仏様は同じ所にいるということです。それを聞いている衆生も永遠の生命を得て、仏様と同じ場にいるのです。死ぬということはありません。無量の長い間と言っても一瞬です。一瞬であっても、世間の時間で量るとそのような長い時間が経っているのです。「永遠即瞬間即永遠」です。
実は、二十小劫という長い間、衆生は仏様と一緒にいたのです。そのようなことです。
「爾の時に世尊、復(また)諸の比丘衆に告げたまわく、」
その時に世尊は、また諸々の比丘衆に告げたのです。
「我今汝に語る。是の大迦旃延(だいかせんねん)は、当(とう)来世に於いて、」
我、今汝に語ります。この大迦旃延は、まさに来世において、
「諸の供具(くぐ)を以って八千億の仏に供養奉事(ぶじ)して、恭敬(くぎょう)尊重(そんじゅう)せん。」
諸々の供え物をもって、8千憶の仏に供養して、奉って、恭敬して尊敬してきたのです。それだけ長い間、我々は生まれる度に仏様を供養してきたのです。長年、仏様を供養してきたから今日があるのです。
いきなり、仏様と出会って法華経の講義が聞けるわけではありません。仏道修行の根本は、「恭敬尊重」です。仏様を恭敬して、尊敬して賛嘆するのです。賛嘆とは、仏様を褒めることです。「仏様の妙法蓮華経の教えは本当に素晴らしい」と、仏様を賛嘆するのです。
「お花をお飾りください」と仏様にお花を供養します。それも仏様を恭敬、賛嘆したことになるのです。
「諸仏の滅後に、各(おのおの)塔廟(とうみょう)を起(た)てん。」
諸仏の滅後に、衆生は各々塔廟(とうみょう)を建てたのです。
「高さ千由旬、縦広正等(じゅうこうしょうどう)にして、五百由旬ならん。」
高さ千由旬、縦広正等にして、五百由旬になります。巨大な大きさです。一由旬とは、7マイル(11.2キロメートル)とされています。高さ11,200キロメートル、広さ5600キロメートルの寺院です。
これを東大寺の大仏殿は模倣したのです。お寺は大きく造るのです。ビックリするくらい大きなお寺を造るのは、これを真似しているのです。五百由旬の大きなお寺を建てて、仏様に差し上げるのです。それが供養、賛嘆です。
ところが大仏を供養、賛嘆しても、大仏を造った聖武天皇が雷に打たれて死んでしまったのです。これは、考え方が違うからです。法華経の信仰とは、大仏を拝んで「仏の未奴(奴隷)になります」という信仰ではありません。
「金、銀、瑠璃、碼碯(しゃこ)、瑪瑙(めのう)、真珠、玫瑰(まいえ)の七宝を以って合成(ごうじょう)し、」
金、銀、瑠璃、硨磲、瑪瑙、真珠、玫瑰の七宝をもって合成して、
「衆華(しゅけ)、瓔珞(ようらく)、塗香(ずこう)、抹香(まっこう)、焼香(しょうこう)、繒蓋(ぞうがい)、幢幡(どうばん)を塔廟(とうみょう)に供養せん。」
衆華(しゅけ)、瓔珞(ようらく)、塗香(ずこう)、抹香(まっこう)、焼香(しょうこう)、繒蓋(ぞうがい)、幢幡(どうばん)を塔廟(とうみょう)に供養せん。焼香とは、人が死んだ時に「お焼香さま」と言います。ここからきているのです。
仏様の銅像を造り、お堂を造ってお香を焚いて、邪気を払うためにお焼香するのです。天上を見ると金で出来た天蓋があり、華を飾っているのです。それは仏様を供養しているのです。坊主を供養しているのではありません。
お坊さんが仏様に供養しているのです。そんなことをいくらやっても、それは本当の仏教ではありません。本当の仏教とは、無量義一法を極めることです。それが分かった人は法華経の功徳を受けることができるのです。(18に続く)
『妙法蓮華経授記品第六』
諸天人民 数(かず)恒沙の如くにして
皆共に合掌し 仏語を聴受(ちょうじゅ)せん
其の仏は当に寿 十二小劫なるべし
正法世に住すること 二十小劫
像法亦住すること 二十小劫ならん
爾の時に世尊、復(また)諸の比丘衆に告げたまわく、
我今汝に語る。是の大迦旃延(だいかせんねん)は、当(とう)来世に於いて、
諸の供具(くぐ)を以って八千億の仏に供養奉事(ぶじ)して、恭敬(くぎょう)尊重(そんじゅう)せん。
諸仏の滅後に、各(おのおの)塔廟(とうみょう)を起(た)てん。
高さ千由旬、縦広正等(じゅうこうしょうどう)にして、五百由旬ならん。
金、銀、瑠璃、碼碯(しゃこ)、瑪瑙(めのう)、真珠、玫瑰(まいえ)の七宝を以って合成(ごうじょう)し、
衆華(しゅけ)、瓔珞(ようらく)、塗香(ずこう)、抹香(まっこう)、焼香(しょうこう)、繒蓋(ぞうがい)、幢幡(どうばん)を塔廟(とうみょう)に供養せん。
よろしければクリックしてくださいね!
↓↓↓
『中杉弘の徒然日記』も、お読みください。
↓↓↓
https://ameblo.jp/nakasugi-hiroshi