支配者と平民 ② | 中杉 弘の徒然日記

中杉 弘の徒然日記

毎日・毎日起きている事件について
ユニークな視点で書いています。

※北朝鮮 モランボン楽団

 

 ”北朝鮮の将軍様に奉仕する、モランボン楽団の歌姫”

 

 ヤクザには誰も逆らえません。素人は一人です。ヤクザは組を持って徒党を組んでいるので、喧嘩などできません。「俺が用心棒になってやるから、みかじめ料を出せ!」と言われると店の主人は「わかりました」とみかじめ料を出すのです。

 そうなると税金を取っていることと同じです。縄張りの店を若い衆が集金しに行くのです。「この範囲は●●組のシマだから、シマは他の組が荒らすなよ」という決まりがあるのです。自分のシマでは、どのようにお金を取ってもよいのです。ヤクザは、一つの勢力を持っているのです。

 昔は、お寺が博打場でした。博打を仕切る人が縄張りを持っていたのですが、今は税金を取るのです。パチンコ屋のみかじめ料は、何百万円です。新宿で1軒のパチンコ店が縄張りに入っているとみかじめ料が何百万円です。本当は、そんなお金を取る権利は何もありません。

 ソープランド、サウナも50万円のみかじめ料を取るのです。シマにそのような店が10件あったら、500万円が毎月入ってくるのです。ヤクザは税金を取っているのです。新宿の歌舞伎町三丁目では、400も区割りされているのです。

 400のヤクザのシマがあるのです。「ここから、ここまでは俺の縄張りだ」という区分けがされているのです。道路で露天商が店を出す場合でも、「お前、誰に断ってやっているのだ? ここはうちの縄張りだぞ。引っ込め、コノヤロウ」となるのです。

 そのような話です。人の物を盗るということが一番美味しいのです。15億人も人間がいたら、「一人10円出せ」というと、150億円集まるのです。10円ならば、出します。それで150億円集まってしまうのです。

 では、もう一ケタあげて、「100円出せ」と言うと、どんな貧乏人でも100円は出せます。それで、1500億円集まるのです。大きな金額でしょう。「100円出せるのだから、1千円くらい出せるよな」と言われたら、1兆5千億円が集まってしまうのです。

 その座はどうしても欲しいのです。みんな王の立場が欲しいのです。次に必ず殺し合いになるのです。王様というものは、食事に毒がもられるのです。昔、食事に混ぜる毒で一番多かったのがヒ素です。

 ヒ素は飲んでもすぐには死にません。何日か経ってくると、死んでしまうのです。だから、毒をもられたとわからないのです。飲んですぐに「うえ~」と吐いたら、毒だとわかりますが、ヒ素は効き目が遅いのです。

 しかし、ヒ素は確実に人体に蓄積されていくのです。ある程度ヒ素が人体にたまると死んでしまうのです。日本でもお大名の食事、公家の食事、天皇陛下の食事の時には、お毒味役がついて、朝・昼・晩の食事を食べるのです。「今日は大丈夫です。お召し上がりください」と言ってから、天皇が食べるのです。

 お毒味役は、全ての御膳に箸をつけるのです。尾頭付きの鯛など出ません。お魚はバラして、お毒味役が食べるのです。一匹の魚を食べた後が残ったら、みっともありません。だから、お魚は全てほぐして出したのです。

 いろんな革命がありましたが、目的はそれなのです。革命の目的は、自分が王になり代わりたいのです。革命とは、権力闘争です。現在でも、西洋には王様がいます。イギリス、デンマークには王様がいます。

 今は、市町村が自治体を運営していますが、市長、区長、県知事、都知事が行政を決めるのです。政治を行うのは、行政の長です。議員に政治はできません。市長の行政を、チェックするのが議員です。市長と議員は一緒ではありません。市長にならないと何もできないのです。

 議員は何一つできません。市長に対して「おかしいのではないですか?」ということは言えるのです。その権利があるのです。議員は直接権力を握ることはできません。

 市長になれば面白いのです。どんな小さな町でも動かせるのです。市長は行政を実行する人です。議員は、「これはどうなっているのですか?」と市長に質問するだけです。議員は、「市長になりたい」と思うのです。

 国会も同じです。「国会議員になりました」と言っても何もできません。首相にならないと、仕事は何もできません。自分の采配はふるえないのです。代議士になる人は、首相になりたいのです。首相にならないと何もできないのです。

 そのうち、しびれを切らして「俺は総理になれそうもないな。では、下に行こう」と思って、都知事、県知事、区長、市長になったりするのです。すると、自分の思い通りの仕事ができるのです。市長になれば、何でもできるのです。どんなことでもできるのです。

 税金を「これは教育、これは防災、これは病院」と分配する権利を握っているのは、行政の長です。市長が「学校を造りましょう」と言えば、学校ができてしまうのです。政治家になる人は、必ずそのようになりたいのです。

 そうならないと、何もできないということを知っておく必要があります。そのように考えると人間の集団は統率者を必要とするのです。この統率者を選挙によって選ぶのを自由主義とも、資本主義ともいいます。

 共産主義は選挙がありません。党内の選ばれた党員同士の選挙はあります。国民全体の中の党員などわずかな人数です。その中で「誰がいいのか?」ということを選ぶのです。それもインチキです。一旦、トップの書記長になったら、誰も近づけることはしません。死ぬまで書記長を握るために、工作をするのです。

 書記長「お前、次の選挙に出るのか?」、共産党員「はい、出たいと思います」、書記長「お前は俺をやっつけたいのだな」、共産党員「そのようなわけではありません」、書記長「そうか、では処刑」となるのです。権力を持っているのは、書記長の側です。生意気で自分にさからってくる者は「処刑する」と言えばよいのです。

 いきなり処刑するのではなく「党に対する反逆だ、豚箱10年」と言えばよいのです。そうすれば、政敵はいつもいなくなってしまうのです。するとそのような連中がいなくなるから長い間、書記長ができるのです。実際は、共産党の書記長は無期限です。王様と同じです。

 革命を起こさせないようにするのが王様の仕事です。習近平もそうです。反対派は全て処刑です。いつも自分だけ残るのです。だから、書記長は王様なのです。そのような関係です。

 政治はそのような目でみないとわかりません。誰が王様になっても同じということです。資本主義社会を否定して、共産党の社会をつくっても、権力の構造は同じです。

 金王朝を建てたのがチュチェ思想です。「王様は世襲されるべきだ」ということです。金日成から、金正日になり、今は金正恩です。北朝鮮は世襲です。世襲と言っても金正男という兄は殺されてしまったのです。チャン・ソンテクという叔父さんも殺したのです。

 毛沢東は、何と6千万人殺したのです。スターリンも2千万人殺したのです。この実数は未だにつかめていません。人を殺せば殺すほど権力は身に付くのです。「あの王様は一人も殺していない」と言ったらナメられてしまいます。

 ちょっと権力を握ると「お前、昔こんなことを言っただろう。処刑!」となってしまうのです。それで、毛沢東は、6千万人も殺したのです。そんな人間は恐ろしいでしょう。例えば、北朝鮮でもそうです。「居眠りしていただろう。俺の話を聞いていないだろう。では、永遠に眠っていろ。処刑!」と処刑される人はムシケラです。居眠りしただけで処刑です。これが、中国、北朝鮮です。

 資本主義は選挙を立てて大統領を選んで、任期を決めてやるのです。その間は、大統領が全ての権力を握るのです。アメリカ大統領は、大統領になると宣誓式をやります。その後に渡されるのが、核兵器のボタンです。

 アタッシュケースを渡されるのです。「大統領しか核兵器のボタンは押せません」と言うのです。大統領が核兵器を押すと、全ての軍に情報が流れて、場合によっては7千発の核兵器が火を噴くのです。結果的には地球が真っ二つに割れてしまうのです。アメリカは、その権限を大統領に与えているのです。

 「日本はどうか?」というと、これまた面白い国です。日本は、権威と権力を分けてきたのです。日本は戦国時代があり、戦国大名が自分の領土を広げる戦いをしたのです。「俺が、俺が」です。「あそこを俺の土地するのだ!」と戦争を仕掛けていくのです。

 ひどい話です。戦争に勝った武将が負けた武将の領地を盗ってしまうのです。残された奥方様や女官は「もらっていくぞ」と言うのです。宝物も奪うのです。何でももらっていくのです。もらった物を自分の部下に分け与えるのです。

 「今日から支配者が変わりました」と領民に言うのです。上は、殺し合いです。これが一つの権力です。殺し合いから権力が生まれて、一番強い者が最上級の権力を握り、将軍家が生まれてきたのです。

 それだけではなく、日本には天皇という制度があります。天皇は直接的な権力を持ちません。天皇の部下に太政大臣がいるのです。今は民間で大臣を決めていますが、「大臣」は天皇が決めていたのです。それが3月のお雛様です。お雛様には、右大臣、左大臣がいます。天皇の家来です。それは、天皇に対する右大臣、左大臣です。「大臣」という名前は残したのです。天皇は権力を握らなかったのです。

今回の魔子ちゃんの件を見ると、権力をふるっているのです。天皇はお飾りではありません! 例えば、宮内庁が「小室佳代は怪しいですよ。調べましょう」と言って、秋死ノ宮が「調べなくてよい」と言ったら権力です。権力を発揮しているのです。

「小室圭にお金を送り、フォーダム大学に入れる」という権力をふるっているのです。天皇は飾りじゃありません。権力をふるっているのです。今でも権力があるのです。天皇は最終的には権力をふるうのです。

 天皇は権威だと言っていますが、最終的には権力です。それをうまくオブラートに包んで、下から見るとわからないように権力を分散しているのです。上は権威しかないように見せかけて、実際は税金を半分くらい使っているのです。わかりますか?

 国民が集めた富の半分くらいは、お上が吸い上げているのです。「お金は10%でもかすればいいのかな」と思いますが、半分くらいは取られているのです。

 国民の税金の半分を使っているのです。外務省も、財務省もそうです。天皇がいて、政治家がいて政治家は権力を持っています。天皇は権力が見えないようにして、お飾りに見せかけているのです。

 権力を持っている政治家が天皇に物を言わせないためにお金を350億円あげるのです。「これをあげているから、格好をつけてやってくださいね。馬車も買いますか? いいですよ。お城も修理しますか? 350億円あるから使ってください」とやっているのです。

 そのような支配構造があるのです。そこで共産党の連中は「支配構造をなくせ」と言っているのです。「人民は平等だ」と言うのです。それにみんな騙されてしまうのです。

 上に支配者がいるのです。それを「引き摺り下ろせ。みんな同じ人間ではないか。何故、そんな権力を認めているのだ。人間は皆平等にしろ」と言うのです。「そうだ、そうだ」と民衆は思うでしょう。

 「何故、あいつだけ金持ちなのだ。何故あいつは国からお金が出ているのだ。そんなことは不公平だろう、平等にしろ!」と言うのです。そんなことを言っても平等にはなりません。人間社会は権力を維持するためには、中心者がいて、束ねないといけません。

 日本の場合は皇室と内閣があり、それを束ねて国民をおさえつけているのです。それでこの巨大な国家が出来てくるのです。「天皇もいらない、総理大臣もいらない、人間は平等だ。労働者は革命を起こすのだ!」というのが、中核派や、革マル派、共産党系の連中の考え方です。

 奴らがなぜ別れるのかというと、共産党は選挙で日本を乗っ取ろうとしているのです。「そんななまるいことをやっていられるか、革命だ、上の連中をぶっ殺せ!」というのが中核派、革マル派の考え方です。「上の連中をぶっ殺して、俺たちの国をつくろう」ということです。

 そこで正体が出てきたのです。共産党系の連中は、国民のために国をつくるのではありません。支配者を交代して、「俺の所に税金を持って来い」とやりたいのです。きれいごとはありません。「あいつらを殺せば、俺たちの富になる。やれ!」とけしけかているのです。

 革命を起こして、「さあ、これで我々は楽になるぞ。支配者がいなくなった!」と言いたいのです。支配者をぶっ殺して自分達が権力を握るのです。農民や工員が集まっても何もできません。

 そこで「やはり、俺たちをまとめてくれるものがなえければ、動けないな」と思うのです。だから、共産党がいるのです。「共産党書記長は神だぞ」と労働者に教えるのです。これは、何回やっても同じことです。

 最初は暴力で権力を握り、王様になり、食べたいものを食べて国民から搾取して、女は3千人も集めて、贅沢をするのです。それが権力です。それを見てもわかるのです。江戸時代は、殿さまの側室は3千人もいたのです。なぜ、一人で3千人の女を抱え込んでいるのでしょうか? 昔の王様もそうです。シナは朝鮮から宦官と女を貢物としていたのです。「それになり替わる」というだけです。

 もっと違う論理を持ってこないと世界は治まりません。よく考えていきましょう。

 

 

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