発達障害 ① | 中杉 弘の徒然日記

中杉 弘の徒然日記

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※六甲須磨の鵯越ー普通の人は「鵯越など怖い」と思います。90度の絶壁を馬で駆け下りるなど考えもしません。「うわー」と足がすくむような所らしいのです。

 それを馬で一直線で駆け下りて、「平家をやっつける!」などということは、考えられません。それは、一種の発達障害で、義経は恐怖感がなかったのです。恐怖感がないから、「凄い人だな」と思うのですが、実際は病気だったのです。

 

 

 心理学の用語で、「発達障害」という言葉があります。お母さんから生まれた時に、脳に異変があるのです。脳の中には、海馬という場所があり、海馬には2つあります。その1つが起動しなくなるのです。或は、ひん曲がっているのです。

 脳がおかしいのだから、発達していく途中でおかしなことが行われてくるのです。それを発達障害といいます。これは、NHKの番組「偉人たちの健康診断」で言っていましたが、この一つの例として、源義経をあげていました。

 「源義経は、立派な武将だった」と言われていますが、どうもやっていることがおかしいのです。普通の人が恐怖に感じる所を恐怖に感じないのです。有名な鵯越では、絶壁の岸壁を馬でかけ降りたのです。あの絶壁を見たら、そんなことを考える人はいません。それを馬で駆け下りていったのですから、普通の人では考えられません。そんな発想もしません。ところが発達障害だと、「怖い」と思わないのです。

 人間は「気持ちいい」「楽しい」「怖い」という感情がありますが、発達障害だと「怖い」という部分が欠けてしまうのです。その部分の発達が遅れてしまい、傷害があるので「怖い」と思わないのです。

 と言っても、全くないわけではありませんが、性格が著しく歪んでいるのです。普通の人は「鵯越など怖い」と思います。90度の絶壁を馬で駆け下りるなど考えもしません。「うわー」と足がすくむような所らしいのです。

 それを馬で一直線で駆け下りて、「平家をやっつける!」などということは、考えられません。それは、一種の発達障害で、義経は恐怖感がなかったのです。恐怖感がないから、「凄い人だな」と思うのですが、実際は病気だったのです。

 それから、屋島の戦いでは、大嵐が来ているのに「船を出せ!」と言うのです。臣下に「止めてください、義経様。大嵐ですから、こんな日に船を出すことはできません」と言われたのです。すると義経は「かまわん、船を出せ!」と言ったのです。それで平家に勝ったのです。

 結論として、義経は発達障害です。「怖い!」という気持ちがないのです。義経は「平家を打倒しました!」と鎌倉に凱旋して帰ってくるつもりだったのです。鎌倉の手前まで戻ってくると、兄の頼朝は「鎌倉に入るな!」という命令を出したのです。

 義経は「俺は平家に勝ったのに、どうして兄が迎え入れてくれないのか?」ということがわからないのです。何故かというと、「お前は天皇から位をもらったのだ」と言うのです。義経は「私は勝って天皇から位をもらったのだから、何か悪いのでしょうか?」と言ったのです。天皇から検非違使という位をもらったのです。

 兄の頼朝は「お前はバカか? 天皇がお前に位を与えたということは、兄弟の仲を仲たがいさせるために位をくれたのだ。兄貴に先に位をくれるならばいいのだけれども、お前は弟だろう。弟に位をあげれば、兄ともめ事が起きる。二人の間にもめ事が起きれば源氏は天皇にコントロールされる」とわかっていたのです。それは天皇の策略だったのです。

 「兄貴よりも先に官位をもらう奴がいるのか!」ということを義経にいくら言ってもわかりません。義経は、「当然のことをした」と思っているのです。「平家を打倒して、天皇に褒められたのですから、それの何処が悪いのですか?」と思っているので、兄の頼朝がいくら説明してもわかりません。

 「これをもらえば、こうなる」という人情の機微がわからないのです。義経は政治家としては失格です。それも発達障害です。普通の人は、そのような話は当然わかります。二人の兄弟のどちらかに位をあげれば、喧嘩になってしまいます。喧嘩になってしまえば、天皇から言うとコントロールしやすいのです。分断統治というのです。

 義経は兄と喧嘩になって追われる身となり、奥州の藤原氏の所に逃げたのです。普通ならば行きません。二代前の源氏の棟梁が面倒を見たのです。

 発達障害は怖さを知りません。「自分が正しい」と思っているので、人間関係の機微がわかりません。おかしい行動をする人は、発達障害を疑ってみる必要があります。「私は発達障害ではないのかな?」と疑ってみる必要があります。

 そのように思ってみると、解ける問題があるのです。「私は脳が破壊されていて、このようなところがおかしいのだな。一つの海馬しか動いていないのだな」とわかると、全て見方が変わります。

 NHKの番組では、そのような話をしていたので、非常に面白かったのです。義経の残酷な性格について番組では触れていませんでしたが、僕は知っているのです。「何故、義経は戦争に強かったのか?」というと、船頭を討ち殺したからです。

 それまでの戦争は船の戦でも武士だけが戦っていたのです。「船をこいでいる人は、殺さない」という常識があったのです。それを義経は「かまわん、やれ!」と言って、船頭を殺したのです。船をこいでいる人は、戦闘をしていません。それをみんな撃ち殺したのです。だから戦に勝ったのです。義経は、残酷な性格です。

 「可哀想」などとは思いません。みんなぶち殺してしまうのです。義経は発達障害でも頭はよいのです。「兄貴が奥州まで追ってくるぞ」とわかっていたのです。当然、自分の身代わりを立て、自分は奥州から逃げたのです。そのような悪智恵も働くのです。

 自分と歳、背丈も似ている杉目太郎の首を斬って、頼朝に送ったのです。鎌倉に到着するのに約1ヶ月かかったのです。6月だと首が腐ってしまい、塩漬けにしても誰の首だか見分けがつきません。

 兄の頼朝は、「これは義経ではないな」と疑ったのです。「頼朝様、首を持ってきました」と臣下が言うと、頼朝は「見る必要はない。海へ捨てろ」と言うので、材木座海岸に捨ててしまったのです。頼朝は、「偽物に決まっている」とわかっていたのです。

 義経は、杉目太郎を殺して、自分はもう逃げてしまったのです。北海道で軍勢を整えて、アムール川を上って、モンゴル平原で成吉思汗(ジンギスカン)になったという説もありますが、これが事実だと思います。

 成吉思汗は残酷です。「逆らった奴は皆殺しだ!」と言うのです。慈悲の一かけらもありません。これも発達障害です。普通は、「可哀想だから、女、子供は殺すな!」と言うでしょう。それを全く言いません。「皆殺しだ!」と言うのです。「この村は根絶やしだ」ということです。

 成吉思汗は家来に向かって「お前の人生の楽しみは何か?」と聞くと、「はい、美味しい肉を食って、美味しい酒を飲んで、女とやることです」と言います。成吉思汗は「楽しみとはそんなものではない。泣きわめく女の前で男を殺して犯すのだ。それで子供をつくるのだ。これくらいの楽しみはない!」と言ったと言われています。本当かウソかわかりません。これが本当であれば、発達障害です。

 普通は、そんなことはやりません。だから、成吉思汗は恐れられたのです。「成吉思汗は恐ろしい」と評判になっていたので、襲われる前にみんな逃げたのです。成吉思汗が攻めようと思うと、強固な城壁に守られたお城は攻め落とせません。成吉思汗の軍隊は大きな石弓をつくったのです。大きな石を乗せて石弓で飛ばすと、塀の中まで砲弾が飛びます。それを何百発もやったのです。

 さらに、そこで成吉思汗は、腐った人間を石弓で飛ばしたのです。塀の中に人間を飛ばせば、そこで疫病が発生します。病原菌がまかれてお城の中にいる人間は全滅したのです。そのような戦もやっているのです。

 成吉思汗は発達障害そのものです。普通は、そんなことを思いもつきません。腐った人間を石弓で飛ばすなど、普通の人間はそんなことはしません。だから、成吉思汗は恐れられたのです。成吉思汗は、一瞬にして大陸を自分の物にしたのです。

よく人間を見てみると、発達障害は朝鮮人に見受けられるのです。朝鮮人は発達障害です。その結論として、朝鮮人は障害者が多いのです。自民党N国会議員の夫は朝鮮人です。子供は生まれた時から脳がありません。全部脳がないわけではありません。普通の人の脳の何十分の一しかありません。元々脳がないのです。それも発達障害です。(②に続く)

 

 

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