やはり人間ではなかった朝鮮人! | 中杉 弘の徒然日記

中杉 弘の徒然日記

毎日・毎日起きている事件について
ユニークな視点で書いています。

※これが李氏朝鮮時代のチマチョゴリです。

 公平を期すために言っておきますが、僕の話は朝鮮人の教科書に載っている話です。北朝鮮の歴史教科書にこのように書いてあるのです。「朝鮮人は現代人類とは違う。ずっと前からここにいる民族であり、先祖は山葡萄原人と言う」このようにはっきりと書いてあるのです。北朝鮮の歴史教科書に書いてあるのですから、それをいっても文句はないでしょう。

 「そうか、朝鮮人は現代人とは違うのだ。現代人のことをホモ・サピエンスというのです。北朝鮮人は「ホモ・サピエンスとは違う。我らは山葡萄原人だ」というのですから、原人です。朝鮮人は、人間に進化する前の原人です。

 サルと人間の一番大きな違いは何かというと、サルはしゃべれません。サルは言語を持ちません。ホモ・サピエンスの現代人と、サルの間にいると思われるのが、原人です。だから、山葡萄原人は、言葉がなかったのではないでしょうか?

 原人は、少しはしゃべれたのです。原人は人間とサルの間ですから、喉のつくりは人間と似ていたのです。サルは、人間と喉のつくりが違うのでしゃべりません。声帯が違うのです。

 原人になると、人間と同じような声帯を持っているのですが、人間とは違います。北朝鮮の歴史教科書で「朝鮮人の先祖は山葡萄原人だ」と言っているのですから間違いありません。

 「山葡萄原人とは何か?」というと、アムール川のほとりの黒竜江省に洞窟群があり、そこに住んでいた連中です。氷河期が始まって、山葡萄原人は洞窟の中に逃げ込んで、生活をしていたのです。洞窟の中にいたので、生きのびることができたのです。

 氷河期を洞窟の中で生き延びたのです。洞窟の前を通った者は、すべていなくなってしまうのです。牛でも馬でも人間でも、いなくなってしまうのです。その洞窟群の名前を「悪魔の洞窟門」といって恐れられたのです。

 「人間が消えるから、あそこは通ってはいけない」と言われていたのです。本当は人間や動物が洞窟の前を通ると、山葡萄原人が洞窟に引きずり込んで食べてしまったのです。他に食べ物はありません。動くものは、動物であろうと人間であろうと、すべて洞窟に引きずり込んで食べてしまったのです。だから「悪魔の洞窟門」だと言われたのです。

 氷河期が終わり、だんだん氷が溶けてくると、陽気が良くなります。洞窟の中にいた山葡萄原人たちは、洞窟からゾロゾロと出てきたのです。山葡萄原人は、洞窟に入っていたから生きのびることができたのです。洞窟に入っていなければ、氷河期の時代にとっくに死んでいたのです。

 その山葡萄原人たちが洞窟の中からゾロゾロと出てきたのです。洞窟から南下すると、エベンキ人がいたのです。エベンキ人は、濊族(わいぞく)といって、「世界一、汚らしい民族だ」と言われていたのです。これは野蛮人です。この連中の食べ物はトナカイです。狩りに出かけて、トナカイやアザラシを食べてしまうのです。海獣といわれているオットセイも捕まえて食べてしまうのです。皮をはいで着物にしたのです。

 柱を立てて皮をまいたテントを作り、その中で火を焚いて、生活をしたのです。なぜ汚らしいのかというと、冬は豚の脂を体中に塗るのです。豚の脂を5センチぐらい体に塗ると寒くないのです。

 エベンキ人は、オットセイを捕まえて腸の中を絞り出して生肉を食べてしまうのです。これはおいしくありません。僕もオットセイの肉を少し食べたことがありますが、匂いがきつくておいしくありません。海獣と称するものはおいしくありません。海獣の中では、クジラが少し食べれるくらいです。

 クジラも変な匂いがしておいしくありません。オットセイは強烈なにおいで普通は食べられません。エベンキ人は、オットセイをつかまえて、腸を絞り出して吸うのです。栄養があるのです。そのような習慣です。

 エベンキ人は集団でテントを丸く張り、真ん中にトイレを置くのです。テントの中心にトイレを持ってきているのです。トイレを中心にして、お互いに頭をトイレに向けて放射線状に寝るのです。皆がトイレを使うので、トイレは臭いのです。

 そしてエベンキ人は生肉を食べるので体臭が臭いのです。お風呂などありませんから体を洗いません。どうするのかというと、川の水で時々、体を洗うのです。油臭い、生肉の匂いはする、お風呂には入らない、どうしようもない不潔な民族です。

 その民族と、山葡萄原人が混血したのです。一つの民族になったのです。エベンキ人といっても、一応はホモ・サピエンスです。エベンキ人は、言葉をしゃべることはできるのです。

 言語がない山葡萄原人は、エベンキ人に接触することにより、だんだんと言葉を覚えたのです。だから、今でも朝鮮人は完全な言葉はわかりません。言葉がわからないから、約束を破るのです。

 前の政権が決めたことをひっくり返しているのです。判決が出た問題でも「それは違う」といってひっくり返してしまうのです。言葉は、コミュニケーションをとるものであり、言葉は、約束をするものであるから、それを破ったら近代社会は成立しません。朝鮮人はその意識が全然ありません。約束という言葉もありません。

 朝鮮人が言う「約束」という言葉は日本語です。それを朝鮮人が覚えて、「ヤクチョク」と言っているのです。朝鮮人は約束の意味が全然わかっていないのです。「約束は守らなければいけない」ということが分かっていないのです。朝鮮人には「約束」という言語の概念がありません。すべてそうです。

 微妙な空間が何もないのです。すべてスカスカの言語ですから、論理がありません。論理性を持って「1から2になって、2から3になる」という理論が全くないのです。朝鮮語は記号みたいなものです。

 だからお互いに怒鳴り合うのです。「おい!」「なんだ!」というように道路の端と端で、怒鳴り合って殴り合うのです。それはできるのですが、観念という言葉がわからないのです。したがって朝鮮人はウソと本当の区別がつきません。普通は「これは私が空想していることで、これはウソ。これは本当」というように区別がつきます。

言語がない朝鮮人は、ウソと本当の区別がつかず、頭の中がごちゃごちゃになってしまっているのです。自分が空想していることと、現実の区別が付いていません。だから、近親相姦もできるのです。

 近親相姦は論理的に考えて、「母親と息子がやったらまずい」と思ったらやりません。朝鮮人はそのように思わないのです。「何がいけないの?」というのです。朝鮮人は何がいけないのかわからないのです。

 「何をやったらよいのか?」ということもわからないのです。良いことと、悪いことの区別が分からないから、「男と女がいるのだから、母親と息子がやって当たり前だ。父親と娘もやって当たり前だ。兄弟同士やるのも当たり前だ。何がいけないのだ? どうしていけないのか言ってみろ!」と言うのです。

 朝鮮人は、言語空間がないからそのようになってしまうのです。何でも善になってしまうのです。「人を殺して何が悪いのだ? 憎たらしいから殺したのだよ。それで食べてしまったのだよ。なぜ人間の肉を食ったら悪いのだ? 人間は動物の肉を食べているのに、どうして人間の肉を食べたらいけないのか?」ということになってしまうのです。朝鮮人は「人間を食べることは悪いことだ」ということが分からないのです。論理がないのでそうなってしまうのです。だから、朝鮮人は何でもやるのです。

 「ウソをついてはいけない」というと、朝鮮人は「なぜウソをついてはいけないのだ?」というのです。「犬は可愛いのだから、犬を食べてはいけない」というと、朝鮮人は「犬はおいしいから食べるのだよ。どうして犬を食べちゃいけないのか? 犬はおいしいから食べるのだ」、みんなこのようになってしまうのです。

 だから、朝鮮人と何時間話しても、無駄なのです。朝鮮人は言語の意味を理解していないのです。これが文在寅のやってきたことです。条約で決めてきたことをすべてひっくり返して「何が問題あるのか?」という姿勢です。

 それにつけても朝鮮人は力の強い方につくのです。論理ではつきません。「これは正義だから、こちらを味方する」ということ朝鮮人は絶対にしません。力がある方につくのです。力が絶対です。「正義だと? この野郎、うるさいぞ!」ボカッと殴られてしまいます。朝鮮人は正義が大事だと思っていません。力こそ全てです。

 朝鮮人は美意識がありません。それはそうです。言語がないのですから美意識などありません。日本に美意識があるのは、和歌や万葉集などがあり、言葉というものが洗練されて磨かれてきたからです。言葉とは、「言の葉」といい大事なものです。言葉というものは神がくれたものですから、「言の葉」というのです。それを大事にしていくから、和歌ができたのです。万葉集もそうです。言葉を大事にしない民族にはできません。

 朝鮮人には、万葉集にあたるものはありません。小説もありません。今は日本の真似をして、韓国にも小説はあります。それは日本の真似であり、本当の意味で言葉を通して出てくる芸術ではありません。

 朝鮮人はセンスが悪いので、必ず縁取りをします。ズボンをはけば、ズボンにラインが入っています。剣道着の袴にもラインを入れました。センスが悪いのです。朝鮮人のチマチョゴリは格好悪いのです。胸の下で紐で縛り、すそ広がりのスカートをはくのです。日本の着物は帯を締めて逆三角形のシルエットですから格好いいのです。朝鮮のチマチョゴリは帯を締めませんから、着物は末広がりでダラリとして不格好です。それで丸い帽子をかぶっています。朝鮮人の姿はすぐに描けます。靴は遊牧民のような先の尖った靴を履いています。男も女も胸の下でリボンを結ぶのです。

 朝鮮人は人間ではないのだから、これは滅びてもらうしかありません。人間として大事にしてきたのは間違っています。言葉がわからない原人なのだから、滅びてもらうしかありません。結論はそうなのです。

 今回の件で日本人も朝鮮人というものが、どのような連中かだいぶ分かったでしょう。「これでもか」「これでもか」とウソをつくのです。世界中に日本の悪口を言っているのです。

 慰安婦像を世界中のあちこちに造り、慰安婦像を車に乗せて走っているのです。最低な民族です。家に帰れば母子相姦です。何という不潔な民族なのでしょうか?

 朝鮮人は犬を道端で殺して、犬の首を並べます。そこで犬鍋を作って売っているのです。民度が低い連中です。この朝鮮民族との付き合い方は一つ、付き合わないことです。付き合うと必ず怪我をします。

 アメリカも韓国に対して怒っています。「あの文の野郎! 恩を仇で返しやがって」と言ってトランプ大統領は怒っています。朝鮮人は「恩を返そう」などという気持ちは全くありません。「恩とは何じゃ?」ということです。くわばら、くわばら。

 

お読みいただきありがとうございます。
よろしかったらクリックしてください。

応援よろしくお願いします!

 

    ↓↓↓


人気ブログランキングへ

 

『中杉 弘のブログ』2006年より、好評連載中です!

     ↓↓↓ 

http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/?blog_id=2098137