石原慎太郎と堺屋太一が移民問題について語る ① | 中杉 弘の徒然日記

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 石原慎太郎と堺屋太一がプライムニュースで移民問題について発言していました。この人達は、国家に関する仕事をやってきた人です。石原慎太郎は元東京都知事です。強大な権限をもってやってきた人です。

 「この人達が移民問題について、どのようなことを考えているのか?」ということに興味を持ったのですが、「実は何もわかっていない」ということがわかりました。まず、第一番に移民と在留外国人と帰化の3つがごちゃごちゃになっているのです。

 何故、ごちゃごちゃになっているのかというと、堺屋太一さんは、「日本に来て日本の言葉を覚えた人には、ご褒美として日本の国籍を与えたらよい」と言っています。ちょっと待ってください。「日本の国籍を与える」ということは、「帰化をする」ということです。「日本の言葉を覚えた人には、ご褒美で日本の国籍を与える」など、これがかつて経済企画庁長官までやった人の言うことでしょうか? この人達は「国」というものがまるでわかっていないということがわかります。

 石原慎太郎は「移民に日本の文化を教えなければいけない。それにはお祭りに参加させて、「ワッセ、ワッセ」とやっているうちに日本人らしくなってくるのだよ。それで日本の感性が身に着いてくるのだ」と言っています。そう言いながら移民と帰化の問題がよくわかっていません。

 今、日本政府がやっていることは「移民を受け入れる」ということです。移民とは「日本で働かせてくれ」と、日本に住み着く人達です。でも、この人達はまだ帰化をしていません。外国籍のままで日本に移民として働くのです。そのうちに「日本がいい」というので、「帰化をしたい」という流れになります。

 すると「日本語を覚えたらご褒美に国籍をあげればよいのだ」という問題ではありません。このような考え方が最初にあるのです。帰化人ということを明確にしなさい。帰化人の前は渡来人です。渡来人と帰化人も明確にわけなければいけません。

 渡来人とは船に乗って日本列島に来て、住み着いてしまった人です。海の向こうから来たのですから「渡来人」です。そのうち言葉も覚えて日本に住み着いてしまったので、「私は何処の国の人間なのか?」ということは考えていません。もともと「国」というものは、まだありません。だからここに定着したのです。

 渡来人はいつの間にか帰化をしたという歴史です。今はもう明確に違いがあります。昔はお互いに国籍などありません。何処かの漁民が朝鮮半島に行って「俺は日本人だ」などとは思いません。「こっちから、あっちへ行くだけだ」と思っているのです。当時は、国境などありません。

 それを考えていくと、今は明確にしていく必要があります。移民とは国籍に関係なく日本に来て仕事をして日本で生活している人々です。そのうち「日本国籍が欲しい。孫の代までこの国にいられるように日本の国籍を取得したい」と思うのです。明解に目的が違います。

 渡来人や移民の問題はしばらくおくとしても、帰化人ということは重要な問題があります。言葉を覚えたから、踊りを一緒に踊ったからといって、「ご褒美に日本国籍をあげましょう」などという考えは、甘すぎるのです。

 帰化ということは、日本国に帰化をするのです。「韓国の国籍を捨てるので帰化を認めてください。私は日本人になりたいのです」と帰化を申請すると、身辺調査をします。まず、資産状況を調べます。ホームレスみたいな外国人が来て「帰化させてくれ」と言われても帰化させることはできません。

 「貴方は今、仕事は何をやっていますか? 安定した職業はありますか? 犯罪歴はありますか?」と質問して、全てこれらをクリアーして、暴力団にも入っていないかどうか調べてから、帰化をさせているのです。

 それは違うでしょう。法務局は帰化させるときの条件は「貴方は日本国憲法を守りますか?」と言うのです。馬鹿ではないでしょうか? 何故、日本国憲法を国民が守るのでしょうか? このような区別もついていません。

 日本政府は国民から何百兆円のお金を集めて勝手な振る舞いができるのです。これが権力者です。国民は何の権力ももっていません。学校一つ造ることはできません。文部科学省大臣の許可を得なければ学校はできません。

 道路を造ることもできません。船の運航権ももらえません。タクシーをやってお金を稼ごうと思っても、なかなか個人タクシーの免許はおりません。誰がやっているのかというと、日本国の国土交通大臣が許可を与えるのです。権限を与えて、取り締まりをして、監督しているのが大臣と役人です。この連中は、どんなふうにでも国をもっていけるのです。

例えば日本の国の税金を外国へもっていき「はい、1兆円くばります」と安倍晋三のようなこともできます。安倍さんがばらまいているのは、国民のお金です。総理大臣は勝手に国のお金を1兆円でもいくらでも使えるのです。

 国民の側はお金を出すだけです。税金を払うだけで何も口出しできません。口出しできない国民に対して、法務局は帰化する人に対して「憲法を守りますか?」と聞いているのです。国民は権力がないのですから、憲法を守れるわけがありません。何と言う馬鹿なことをやっているのでしょうか? 

 憲法は権力者が守るものです。国民と憲法は何の関係もありません。国民の側は憲法により守られているのです。憲法により守られている側に対して、「貴方は憲法を守りますか?」などと法務局は何を馬鹿なことを言っているのでしょうか?

 2人の対談の中で「日本人としての最低の条件とは何でしょうか?」と石原慎太郎が聞くと、堺屋太一さんは「文化・伝統・ふるまいだ。これが日本文化です。日本文化を自然に覚えてもらえばよいのだ」と言うのです。

 石原慎太郎は「移民に日本のお祭りに参加させて、移民の心を日本人と同化してしまえばよいのだ」と言いましたが、両方共に違うでしょう。ここにあるのは立派な大日本帝国であり、「日本国」があるのです。

 「私は国籍を捨ててこの日本国の一員になりたい。何のためになるのかというと、日本が好きだからです。日本が好きということは、この国が世界一の国になるように、努力をして、ますます立派な国にします。だから帰化させてください」ということです。これが帰化ということです。

 「では貴方は日本の国は立派ですと言いますが、日本の歴史を知っていますか? 日本の国の歴史で一番大事なものは天皇陛下です。あらゆる文化も伝統も天皇から出ているのです。日本国の中心は天皇です。貴方は歴代天皇の名前を言えますか?」このくらい帰化するときに法務局は言ってみなさい。

アメリカに帰化する時には、「歴代大統領の名前を覚えていますか?」と聞かれるのです。スラスラと言えれば、「貴方は合格です」と言われるのです。

 日本でも戦前はそうだったのです。日本国民には歴代天皇の名前を無条件で暗記させたのです。戦前の教育を受けている日本人は、「神武安寧綏靖~」と言えるのです。日本人ならば当たり前です。歴代天皇のことを全て知っていなければいけなかったのです。そこから文化は始まっているのです。

 「帰化をしたい」というのは、帰化したい国の文化に憧れている人です。「日本が大好きです。天皇陛下の国の一員になりたい。天皇陛下を深くご尊敬申し上げます。天皇陛下を尊敬して、2800年の歴史を肯定します。日本は素晴らしい国です。世界中探しても、こんな立派な国はありません。私は日本人になってうれしい。そのために帰化をしたいのです」。このような帰化の理由ならば帰化してもよいでしょう。

この国は2800年以上続き、荒野を切り拓き、天候と戦い、動物と戦い、賊と戦いながら先祖が守ってきた国です。それで今の日本国があるのです。その歴史を敬うとはそのようなことです。「私も帰化人の一員として、この立派な日本国に忠誠を誓います。日本国万歳!」、これが帰化ということです。(②に続く)

 

 

 

 

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