皇帝のいる国 | 中杉 弘の徒然日記

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 日本は皇帝のいる国です。日本の皇帝のことを「天皇」と申し上げます。「天皇はいつごろからできて、どうなったのか?」ということは、古事記には書いてありますが、「いつから国ができたのか?」という根拠は非常に薄いものであります。

 2800年くらい前に神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレヒコノミコト)が東征したのです。そのような大王がいて、日本列島の九州から東に向かって統一したのです。要するに殺していないのです。「これから俺が新しい国を造るから従いなさい」と言われたのです。神武天皇は、最初から武力をもって皆殺しにしたことはありません。ここが違うところです。

 ローマ時代でも「命令に従え、従わなければジェノサイド(皆殺し)だ」という条件です。日本は神武天皇が東征しても「皆殺しだ」とは言わなかったのです。そんなことはやっていません。さらにそれから遡って、2千年~3千年前に遡ると東北の三内丸山遺跡と呼んでいる場所に国があったのに違いありません。

 しかし、この国はまことにゆるい国であり、統率者がいなかったのではないかと思います。300名も収容できる大集会所があり、そこで合議制で決めていったのだと思います。

 何故かというと、稲作の場合は大王がいて、命令しないと上手くいきません。「ここに田んぼをつくれ」「ここに道をつくれ」という命令で、大規模な土木事業が始まるのです。三内丸山遺跡の場合は、そんなことはなかったのです。

 みんな仲良くやっていたのです。いたのは神様です。六本柱と言われている場所には、神殿があったのに違いありません。その神殿の下に300名収容できる集会所があったのに違いありません。

 おそらく集会所では、合議制によって様々な物事を決めていたのです。酋長のような人がいてまとめていたのです。酋長と皇帝は違います。皇帝になると命令で動かすのです。酋長は命令をしません。相談役のような感じですから、所謂、長老です。「長老のじっさまの言うことを聞くべ」という感じですから、「他国を侵略する」ということはありません。おだやかです。神武天皇の東征もおだやかだったのです。皆殺しなどなかったのです。1万年前にあった三内丸山遺跡には、世界に最たる平和な国家があったのです。

 この平和な国がぶつかって話あったのです。これが出雲大社の「国譲り」です。出雲大社は三内丸山遺跡の流れに違いありません。伊勢神宮の流れはユダヤ系です。よく話あってみるとお互いは同祖ではないですか。

 ユダヤ人とアイヌ人はお互いに同祖だったのです。出雲大社は「同祖ならば、国譲りをします」と言って、大和朝廷の軍門に下ったのです。戦争をして侵略したのではありません。国譲りをしたのです。「先祖が同じだ」ということに気が付いたのです。

 出雲大社は縄文系の宗教の流れです。伊勢神宮は天照大神です。よく話してみると同祖だったということです。

 それから連綿と天皇が続いていますが、古事記の伝承によれば、2680年です。神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレヒコノミコト)と言われている神武天皇が、奈良県の橿原宮で即位して国をつくります。それまでは国はありません。話し合いで行われていたので、初めてそこで建国の宣言をしたのです。これが日本の歴史です。

 神武天皇は橿原宮で即位したのです。それから天皇の歴史は連綿と続いています。しかし、現在まで平穏無事で来たわけではありません。天皇の歴史を振り返ってみると、ある天皇は殺され、ある天皇は島流しにされ、ある時期は女帝で国を治めて、12代くらい遡って男系の天皇を即位させたのです。戦争に負けて幽閉された天皇もいます。

 天皇の歴史はずっと不幸なのです。決して幸せな天皇はいません。奈良時代、平安時代を経ても、いつも権力闘争にあけくれて殺し合いがあったのですが、大事なことは「今も天皇が続いている」ということです。そんなことを言うと「歴代の天皇はみんなお幸せだったのか?」と言う人がいます。そんなことはありません。

 それぞれの天皇の地位をどんなことがあっても後につなぎ、どんな苦しいことがあっても天皇を絶やさないようにしてきたのが日本の歴史です。天皇は必ずしも平和で幸せにきたわけではありません。それは事実です。それにもかかわらず天皇を維持してきたことに意味があるのです。

 諸外国ではそんなわけにはいきません。せいぜい続いても三代か四代です。秦の始皇帝は死後16年で国が滅びてしまい、今はありません。天皇が続いてきたのはすごいことです。

 「民のかまど」の仁徳天皇は、国民を我が子のように考え、国民は天皇をお父さんのように考えて、みんな仲良く天皇を中心にやってきたのです。そのような中でも歴史が進んでくると「天皇の地位を奪おう」とした藤原一族や、弓削道鏡が「天皇に成り代わろう」としたり、足利義満が「天皇になろう」としたり、信長もそうだと言われたのですが、ともかくいろんなことが起きてきても、天皇は維持されてきたのです。

 そのようなことを考えると我が日本民族は、天皇と共に来たのです。天皇は国全体を考え、我ら国民は天皇に忠誠を尽くし、お互いに分を尽くしてきたのです。天皇は中心者、我々は分派です。このような関係を守ってきたのです。

 天皇を奪おうとする蘇我馬子などもいましたが、寸前のところで食い止めながら、日本の歴史をつくってきたのです。天皇は神話から見ると神、人間から見ると人間天皇です。その結論は、天皇は神であり、かつまた人間です。ここに最大の特徴があるのです。

 神話があるから神だと言えるのです。人間だけが頑張ってきたのではありません。神の様々な働きによって天皇を維持することが、我が国の神のご意思です。国民は天皇を大事にしていくのです。天皇を大事にしていかないと大変なことになるのです。

 それが我が国の流れです。ところが、秦氏、蘇我氏などの帰化人が日本に入りこんで、なんとか天皇になろうと、天皇を奪おうとしているのは渡来人です。そのような動乱の歴史の中で天皇を維持してきたのです。

 これはよく見ると台風の目のようなものです。台風には必ず目があって、その目の中は青空が見るのです。日本の歴史の中で台風の目のように鎮座しているのが天皇です。我が国は天皇と共にある国です。

 日本人であるとはどのようなことかというと、一、天皇を尊ぶことです。二、2800年の日本の歴史を尊敬することです。三、自分もこの国に入れてもらったのですから、一生懸命頑張って日本をよくするのです。これが日本人です。

帰化人でも何であっても、この三つをしっかりと頭に置いて頑張っているならば立派な日本人であると言えるのです。ところがこの国に半島の文化を持ちこんだり、犬食いの文化を持ちこんだり、ウソつき、ドロボウの文化を持ちこんでいるのが日本籍朝鮮人です。人殺し、犬食い、猫食い、ウソのつき放題、このような連中は日本人にはなれません。

 こんな奴らは日本に入れてはいけません。ただちに母国へ追い返すべきです。この幸せな国、日本に変な奴はいりません。日本人の三つの精神を大事に日本人は頑張っていこうではありませんか!

 

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