政治の要諦 | 中杉 弘の徒然日記

中杉 弘の徒然日記

毎日・毎日起きている事件について
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石原伸晃が甘利の後を継いで大臣になったようですが、こいつはダメです。顔を見てもマメのような男です。どこにでもいるマメオジサンです。サークルのようなことを言っています。大臣になったときに「先輩方にいろいろ教わって」と言ったのです。馬鹿を言ってはいけません。そんな政治家がいるのでしょうか。これだけ見ても石原伸晃はダメだとわかります。

 石原伸晃の目は国民のほうを向いていなくて、政治家の仲間の上だけを見ているのです。「上からどう思われるのか」と思って行動しているから、ロクなものではないのです。このような奴は政治というものを知らないのです。

 政治ということは、全員を敵にまわすということです。全員を敵にまわしたという人が、よい仕事をしたということになるのです。敵も生まない、「先輩・後輩・ご同輩」という感覚で政治をやられたら国民はたまったものではありません。

 明治維新を考えてみればわかりますが、皆、死ぬことを覚悟していたのです。政治家は嫌がることをやるのです。やらなければ政治ではありません。皆が喜ぶことなどできません。例えば明治維新のときの大久保利通ですが、彼のやったことは廃藩置県です。藩をなくして、県を置き、武士の給料をすべてなくし、武士の特権をすべてなくしたのです。

 武士のちょんまげを切って、給料もうばい、刀を差す身分もすべて奪ったのです。これでは武士は怒ります。これが政治家の仕事です。これをやらない限りは明治という社会は成り立っていきません。当時、武士は100万人いたのです。100万人から命が狙われるということが覚悟できないと、こんなことはできません。

 大久保利通は死ぬことを知っていたのです。これをやれば皆が怨みます。だから大した護衛もつけないで、殺されてしまったのです。拳銃はもっていたらしいのですが、護衛に屈強な若者がいないので、大久保が襲われたときに単なる馬の業者は逃げてしまったのです。

 大久保利通は自分がやられるということを知っていたのです。100万人の武士から恨まれているのですから、かなずやられます。それが政治ということです。「俺がこのようなことをやれば100万人が敵になって、俺の命を狙うであろう。しかし、これは断行する!」この意思がない限り政治はできません。

 西郷隆盛もそうです。西郷隆盛も大久保と同じことをやったのです。みなよく思っていません。しかし、西郷は禄(ろくをはずされた武士の側に立ったのです。大久保と恨まれる改革をやりながら、武士の側に立ったのです。「薩摩士族が怒るのは当たり前だ」ということです。

 当時、薩摩は新政府に税金を納めなかったのです。堂々と刀を2本差して歩いて「我々は武士である」と言って歩いたのです。その集団は政府に反逆するのに決まっているのです。武士の特権をすべて奪ったのですから、彼らは怒って政府に向かって「物申す」という態度です。それに西郷さんは巻き込まれたのです。

 その時の西郷さんは「武士が怒るのは当たり前だ。怒る武士に命を預けよう。一緒に死んでやるから、治まれ」ということです。それが覚悟です。西郷さんは一言も指揮をとらなかったのです。すべて任せたのです。

 「おいどんの命はおまんらにまかせる」と言ったのです。桐野利明という陸軍少将が指揮をとったのです。西郷さんの最後の言葉が「しんどんここらでよか」です。それで首を斬って切腹したのです。

 これが政治の覚悟です。敵が誰になるのか。石原伸晃もそうです。TPPは誰が敵になるのか。怒る農民がいるのが当たり前です。アメリカ産、オーストリア産の牛肉が入ってきたら日本の農家は全滅です。これは誰だって怒ります。何故、それをやるのでしょう。

 国民が怒っても「やらなければいけない」という覚悟が必要です。場合によっては「殺されるかもしれない」その覚悟がないと政治家だと言えないのです。

 もっとわかりやすく言うと、「どれだけ人に嫌われることをやったのか」ということです。それが政治家の腕力ということです。皆に好かれて「良い人だ」と言われて政治などできるはずがありません。

 「先輩・後輩・ご同輩」などという角度で政治をやったならば、何もできないということがわかります。「殺されるかもしれない」という覚悟がないとダメです。

政治に携わる者は覚悟をもっていたのです。勝海舟は幕府の一員でありながら、幕府を壊したのです。幕府の旗元は怒ります。「勝の野郎は、官族である。徳川将軍を追い出したふらちな奴だ!」とみな怒っているのです。

 「勝を斬れ!」などという奴は何十人も来たのです。勝さんも覚悟はできていたのです。「これをやる以上は仕方ない」と覚悟して、決行したのです。勝さんの偉さは、刀が抜けないように紐で縛っていたのです。

 刺客が来るとつい刀を抜いて相手を斬ってしまいます。斬りにきても刀を抜かないようにしたのです。幕府と反対の行動をしたのです。勝さんは幕府の側にいながら、新政府の側についてやったのです。誰だって怒ります。

 坂本龍馬も暗殺されました。怒る奴は大勢いたのです。坂本龍馬は長州、薩摩に鉄砲を売って武装させたのです。だから強かったのです。人数は幕府の方が多いのです。最新の鉄砲を仕入れて長州と薩摩に売ったのです。幕府の鉄砲は届きません。薩長の鉄砲の距離は2倍くらいあるのです。だから強かったのです。

 そのようなことをやったのだから恨まれます。「坂本龍馬を殺してやる」という武士が何人もいたのです。

 国政に従事しようとするならば、それを覚悟しなければいけません。昔は政治に出て行く場合は、「お前の死骸がドブの中に転がっていることを想定しろ。それを想定しなければ政治など出てはいけない」と言われたのです。高杉晋作はそうです。出るときにそれを覚悟して政治の世界に出たのです。敵ができるからです。

 その覚悟が今の政治家には全くありません。皆、良い子でウソをついて、口先だけで誤魔化しているのです。後で「違う」と切り返すのです。そんな考えではダメなのです。それが朝堂院大覚先生の言う「侍精神」ということです。その精神をもった人間が出てこないと日本の政治はよくなりません。オベンチャラ政治家はいりません。敵もつくれないような政治家はいらないのです。

「100万人が敵になれども、独り行く!」そのような気迫がない人間は政治など携わってはいけません。今の政治家は小物ばかりです。

豆オジサンです。豆オジサンに政治はできない!


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